贖いの讃美~Singspiration of Redemption(日本語字幕付き)

歌と語りによる贖いの物語

偉大な天地万物の創造者

預言者イザヤは次のように言っている:

目を高くあげて、だれが、これらのものを創造したかを見よ。主は数をしらべて万軍をひきいだし、おのおのをその名で呼ばれる。その勢いの大いなるにより、またその力の強きがゆえに、一つも欠けることはない。イザ40:26

人間は今も神が創造された広大無辺の宇宙の神秘に挑戦している。我々が住んでいる地球は、宇宙からみたら、おけの一しずくの水のようであり、ほこりのようなものである。天体に浮いて定められた軌道を、秩序よく、永遠にわたって運行している星々は、地球の何百倍、何千倍も大きな星である。ちなみに、太陽は、地球の109倍、アルクテルスは太陽の16倍、ベテルギウスは太陽の100倍、ガーネットスターは太陽の1400倍、つまり、我々の住んでいる地球の1509倍である。そういう星が数え切れないほどあるのである。

使徒パウロは言っている:「神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである。したがって、彼らには弁解の余地がない」。ローマ1:20

創造者こそ永遠に歩むべき型である!詩  19:1 「もろもろの天は神の栄光をあらわし、大空はみ手のわざをしめす。」

「諸天は神の尽きぬ栄え」

しかし、人間は自ら知者と称しながら、愚かになり、不朽の神の栄光を変えて、朽ちる人間や鳥や獣や這うものの像を拝するに至った。創造者に背を向け、罪を犯し、堕落し、さ迷って、神が創造した人間に、また、人間の作った偶像に救いを求める愚かな存在となった。宇宙でただ一つの星、地球が失われた羊となった。しかし、愛の神は、創造主なる神をおそれ、神に栄光を帰せよと招いておられる。

地球ばかりでなく、万物を創造されたのは誰であったのか?聖書の驚くべき宣言に耳を傾けて頂きたい:

御子イエス・キリストは、見えない神のかたちであって、すべての造られたものに先だって生れたかたである。

万物は、天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、位も主権も、支配も権威も、みな御子イエス・キリストにあって造られたからである。これらいっさいのものは、御子イエス・キリストによって造られ、御子イエス・キリストのために造られたのである。コロサイ1:15、16

人間は何のために造られたのか? なぜ、万物の創造者であられるイエス・キリストはこの地球に来られたのか?

神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。ヨハネ3:16

人類を救い、永遠の命を与えることのできる方は、創造者であられ   るイエス・キリスト以外にない。私たちを救いうる名は天下の誰にも与えられていない。

輝く日をあおぐとき

宇宙の万物の創造者であられる神が地球に下ってこられた事実  、それだけでも我々は、想像を絶する神のへりくだりを見せられる。天の大時計がちょうどその時を指したとき、神の御子は定められたベツレヘムの馬小屋にお生まれになった。その夜は天使たちも驚き、称えた清い日となった。なんという自己犠牲、自己否定、謙遜の歩みの始まり。

きよらに星すむこよい

イエス・キリストの誕生、罪のない生涯、すべての人に天のいやしと祝福を与える生涯、正しい神の知識、救いの計画、すべてのものを与えしすえ、死のほか何も報いられず、ついにすべての人を照らす真の光は、闇の勢力によってとらえられ、あらん限りの侮辱と、拷問が与えられ、十字架につけられること等々300以上の預言がみな成就した。そして超人間的な苦痛の十字架上で「父よ彼らを許してください。彼らは何をしているか分からないからです」と祈られたイエス!

まぶねのなかに
イエスは神であるのに

しかし、悪魔は、イエス・キリストを墓に永遠に閉じ込めておくことはできなかった。預言された通りに週の第一日に復活された。全天は罪に、死に勝利なされたイエス・キリストを目撃してどれほどの喜びに満たされたことであろう。イエスが天に昇天される場所として選ばれたのはオリブ山であった。今度は、征服者としてのイエス迎えるために光り輝く雲の中で待っていたのは無数の天使たちであった。天使の合唱隊から最高の美しさと喜びに満ちた音楽の調べが漂ってきた。

あめにはみつかい

世の罪を取り除く神の小羊イエス・キリストは、十字架で人類のために身代わりとして死なれた。

しかし、復活され、昇天され主は、天の聖所で大祭司としての働きを開始された。今は、至聖所で最後の贖の働きをしておらる。再臨なさる前に、ご自身の血をもって天父の前で執り成しをしておられる。我々に罪が残っている限り、また罪を犯すたびに、主の心は傷つけられ痛みを感じられる。十字架の苦しみは、今なお終わっていない。

 

1.あまつ至聖所のみ座の前に 傷つきしみ手を 広げ立ちて 

(Chorus
おぉ 神の小羊 今なおほふられ とりなしたもう わが罪のために

2.大祭司イエスは とこしなえに 罪を取り除き あがなうため 至聖所で今なお執り成しをしておられる。

 主が迎えに来られる教会は、「しみも、しわも、そのたぐいのものがいっさいなく、清くて傷のない栄光の姿の教会」である。

3.夜も日も休まず わが心に みおきてをしるし 業終えんと
 主イエスのみ像がご自身の民に完全に再現されたら、主は再臨なさる。

4.みかたち なるまで 恵みの座に 戸を開き待ちて たたずみたもう
5.あおげや罪人  恵みの主を 開かれたる戸の 閉ずる前に

(Chorus
おぉ 神の小羊 今なおほふられ とりなしたもう わが罪のために

 

花婿なるイエス・キリストは、ご自分の花嫁、教会が準備ができると再びこの地上においでなる。キリストの再臨、これこそ各時代の聖徒たちが待ち焦がれてきた希望である。「見よ、これはわれわれの神である。わたしたちは彼を待ち望んだ。彼はわたしたちを救われる。これは主である。わたしたちは彼を待ち望んだ。わたしたちはその救を喜び楽しもう」と地の果てから声が聞こえる。

聞けシオンの山高く
十字架につき

天に挙げられた聖徒たちは、キリスト共に千年間過ごす。彼らは滅びる人たちのさばきの座において、絶対公平な神の裁きを見る。全天使たちも、善人も、悪人も、サタン自身も納得して、神の調査審判が終わる。

「わたしはまた、新しい天と新しい地とを見た。先の天と地とは消え去り、海もなくなってしまった。 また、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意をととのえて、神のもとを出て、天から下って来るのを見た。また、御座から大きな声が叫ぶのを聞いた、「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。21:5 すると、御座にいますかたが言われた、「見よ、わたしはすべてのものを新たにする」。黙示録21:1-4

主をあおぎみれば

「大争闘は終わった。もはや罪はなく罪人もいない。全宇宙はきよくなった。調和と喜びのただ1つの脈拍が、広大な大宇宙に脈打つ。いっさいを創造されたお方から、いのちと光と喜びとが、無限に広がっている空間に流れ出る。最も微細な原子から最大の世界に至るまで、万物は、生物も無生物も、かげりのない美しさと完全な喜びをもって、神は愛であると告げる」。大争闘下467

ハレルヤコーラス

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