福音が欠如したクリスチャン

*霊感の言葉*

人類のあけぼの上6566
「彼らは人間の救いのために講じられた方法を知り、神が定められた供え物の制度を理解した。彼らは、これらの供え物を捧げることによって、これらが象徴していた救い主への信仰を表明しなければならず、また、それとともに許しを受けるためには、救い主だけに依存していることを認めなければならないことを知っていた。また、彼らは、こうして贖罪の計画に調和すれば、神のみこころに服従する証拠を示していることになることも知っていた。血を流すことがなければ、罪の許し はあり得なかった。そして、彼らは、群れの中のういごを犠牲に捧げて、約束の贖罪としてのキリストの血への信仰をあらわさなければならなかった。」

キリストの実物教訓132
「カインは、自分を義であると考え、感謝のささげ物をもってきただけであった。カインは、罪の告白をしなかった。彼は憐れみの必要も認めなかった。」

人類のあけぼの上68
「カインとアベルは、終末に至るまで世界に存在する二種類の人々を代表している。一方は罪のために定められた犠牲を受け入れるが、他方は、あえて自分の功績にたよろうとする。彼らの犠牲は、神の仲保のいさおしによらないものであって、神の恵みにあずかることはできない。」

人類のあけぼの上66
「彼は、今日の多の人々と同様に、神に指示された通りの計画に従い、約束の救い主の贖罪に全く自分の救いをゆだねることは弱さを承認することであると思った。彼は、自己信頼の道を選んだ。彼は自分の功績に頼った。彼は小羊を持ってきて、その血を供え物にまぜることをしないで、彼の実、彼の労働の産物を捧げた。彼は自分から神に捧げる物として供え物を捧げ、それによって、神に喜ばれたいと思った。カインは、神に従って祭壇を築き、犠牲をたずさえてはきたが、彼は部分的に従っただけであった。彼は最も重大な部分、すなわち、救い主の必要を認めることを省略していた。」

キリストの実物教訓132
「ところが、アベルは、神の小羊を予表した血をもってきた。アベルは、自分が罪人であり、失われた人 間であることを認めて神のところにきた。彼の何よりも望んだものは、 なんのいさおしもなくして与えられる神の愛であった。神はアベルのささげ物をお受け入れになったが、カインとカインのささげ物は、お認めにならなかった。神に受け入れられる第1の条件は必要感をもつこと、つまり、自分の欠乏と罪とを自覚することである。」

人類のあけぼの上66
「カインは約束の犠牲について、また犠牲の供え物の必要について、心中に不平と不信をいだきながら神の前に来た。彼の供え物は、罪の悔い改めの表明ではなかった。」

人類のあけぼの上68
「アベルは、贖罪の大原則を理解した。彼は自分が罪人で、彼の魂と神との間の交わりを、罪とその刑罰である死とが妨げているのを知った。彼は、ほふられた犠牲、すなわち、犠牲にされた生命をたずさえてきて、彼が犯し た律法の要求を認めた。彼は、流された血によって、来たるべき犠牲、カルバリーの十字架上のキリストの死を見た。そして、彼は、そこでなされる贖罪を信じて、自分が義とされ、供え物が受け入れられた証拠が与えられた。」

(信仰と行い「第9章 私たちの信仰の資質 」より)
「信じなさい。それは真理であるからです。神がそう言われたからです。 そして十字架に掛けられ、よみがえられた救い主の価値ある血をつかみなさい。彼はあなたの唯一の望みです。あなたの義、あなたの身代わり、保証であられ、あなたのすべてなのです。それに気づくとき、あなたは賛美というささげ物しかできなくなります。しかし、喜んでキリストのみもとに来ず、キリストがすべてをしてくださると認めるのを渋るなら、また神が会ってくださるところに行くまでに、自分で何歩か進まなければならないと感じるなら、それはまさしくカインのささげ物と同じなのです。カインはイエスを知りませんでした。そして、罪を清め、ささげ物を神に喜ばれるものとするのはイエスの血であることを知りませんでした。イエスの血なしに、腐敗したささげ物と汚れた犠牲をささげるカインは一人だけではありません。あなたはすべての歩みにおいて、イエスのみもとに来なければなりません。」

人類のあけぼの上68
「われわれの罪は、ただイエスの功績だけによって許される。キリストの血の必要を感じない者、神の恵みがほしくても、 自分の行ないによって神に受け入れられると思っている者は、カインと同じあや まちを犯している。彼らは、清めの血を受けなければ、罪の宣告下にある。罪の 奴隷から解放される道はほかに備えられていない。カインの模範に従う礼拝者は、世界の大半をはるかに越している。というのは、 ほとんどすべての偽りの宗教は、人間自身の努力によって救いを得ることができるという同じ原則に基づいているからである。」