神を敬う人々とは

*霊感の言葉*

へブル11:4
「信仰によって、アベルはカインよりもまさったいけにえを神にささげ、信仰によって義なる者と認められた。神が、彼の供え物をよしとされたからである。彼は死んだが、信仰によって今もなお語っている。」

列王紀上17:13,14
「恐れるにはおよばない。行って、あなたが言ったとおりにしなさい。しかしまず、それでわたしのために小さいパンを、一つ作って持ってきなさい。その後、あなたと、あなたの子供のために作りなさい。『主が雨を地のおもてに降らす日まで、かめの粉は尽きず、びんの油は絶えない』とイスラエルの神、主が言われるからです。」

国と指導者上98
「飢饉はこの貧困にうちひしがれた家庭をきびしく傷めつけ、哀れにも乏しい食糧はなくなりかけていた。やもめ女が生きるための戦いをやめなければならないと思ったその時に、エリヤがやって来たことは、なくてならぬものを備えて下さるという、彼女の生ける神の力を信じる信仰に対する最大の試練であった。しかし、彼女は、貧窮の極に達していても、彼女の最後の食事を分けてほしいと願う旅人の要求に応じて、彼女の信仰のあかしを立てたのである。」

国と指導者上98,99
「これ以上に大きな信仰のテストを要求することはできなかった。やもめ女は、これまで、すべての旅人を親切に手厚くもてなしたのであった。今、彼女は、自分と子供が苦しみに会うことをも顧みず、イスラエルの神が、彼女のすべての必要を満たしてくださることを信じて、「エリヤが言ったとおりに」行い、旅人をもてなすことについてのこの最高のテストに耐えたのである。」

教育288
「とりわけ子供たちに教えなければならないことは、敬神の念は従順によって示されるということである。神は不要なことは何もお命じにはならない。敬神の念を表わし、神に喜ばれるには、神の仰せになることに従うよりほかに道はない。」

セレクテッドメッセージ152
「…今日の世界で何をなすべきかがわかった時、教会員は、神を知らない人、霊的に無知で現代の真理がわからない人のために骨折って働くでしょう。克己、自己犠牲が、私たちのすべての経験に織り込まれるべきです。私たちは、生活に矛盾がないように目を覚まして祈るべきです。目を覚まして祈るということは、祈りが答えられるように神の前に私たちの祈りを生活することです。このことを私たちが理解しているということを、人々に示さなければなりません。」