生来の罪

9T267
罪を構成するものが何かということに関して心が混乱されている者は恐ろしくだまされている」。

4T 496
「人の心の中には、生まれつきの利己主義と腐敗がある」。

RH 1887年11月29日
生まれつきの罪との格闘があり、外部の悪との戦闘がある」。

大下243-244
「神は、『わたしは恨み〔敵意―英語訳〕をおく』と宣言された。この敵意は、人間が生まれながらに持っているものではない人間は、神の律法を犯した時に、その性質は邪悪となり、サタンに敵対するのでなく、協調するようになった。罪人と罪の張本人との間には、当然、なんの恨み(敵意)もない。両方とも、背信によって、邪悪になった。背信者は、他の人々を自分の模範に従うよう勧誘して、同情と支持を得るまでは安んじない。こういうわけで、堕落した天使たちと悪人たちとは、絶望的なつながりで結ばれた。もしも神が特別に介入されなかったならば、サタンと人間は、天に対抗して同盟を結んだことであろう。そして、人類家族全体は、サタンに恨みをいだくのではなくて、彼と結束して神に反抗したことであろう。…..人間のうちに、サタンに対する敵意を起こさせるのは、キリストが心の中に植え付けられる恵みである。この改変の恵みと更生の力とがなければ、人間は引き続きサタンの捕虜であり、常に彼の命令に従うしもべであるしかない。しかし、心の中の新しい原則が、これまで平和であったところに争闘を起こすのである。キリストがお与えになる力によって、人間は、暴君であり、横領者であるサタンに抵抗する力を得る。だれでも、罪を愛するかわりに罪を憎み、これまで心の中を支配していた欲望に抵抗して、それに打ち勝つならば、それは、全く上からの原則が働いていることを示している」。

Ⅰヨハネ2:1
 「わたしの子たちよ。これらのことを書きおくるのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためである。もし、罪を犯す者があれば、父のみもとには、わたしたちのために助け主、すなわち、義なるイエス・キリストがおられる」。

大下397
「『かつてなかったほどの悩みの時』が、まもなくわれわれの前に展開する。それだからわれわれには、1つの経験―今われわれが持っておらず、また多くの者が怠けて持とうとしない経験―が必要なのである。…今、われわれの大祭司がわれわれのために贖いをしておられる間に、われわれは、キリストにあって完全になることを求めなければならない。救い主は、その思いにおいてさえ、誘惑の力に屈服されなかった。サタンは、人々の心の中に、なんらかの足場を見つける。心の中に罪の欲望があると、サタンはそれを用いて誘惑の力を表わす。しかし、キリストはご自身について、「この世の君が来る・・・・。だが、彼はわたしに対して、なんの力もない」と宣言された(ヨハネ14:30)。サタンは、神の子の中に、彼に勝利を得させるなんのすきも見つけることができなかった。神のみ子は、天父の戒めを守られた。そして、サタンが自分に有利に活用することのできる罪が、彼の中にはなかったこれが、悩みの時を耐えぬく人々のうちになければならない状態なのである」