感謝する心

*霊感の言葉*

Ⅱコリント4:18
「わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづくのである」。

キリストの実物教訓109
「いつも、主を目の前にあおいで、主に感謝と賛美をささげているならば、わたしたちの信仰生活は常に新鮮さを保つことができる」。

あけぼの上巻23
「神は、安息日が、楽園においてさえ人類に欠くことのできないものであることをお認めになった。人間は、第7日に自分の興味や楽しみを捨て、神のみわざについて熟考し、神の力と恵みを瞑想する必要があった。人間はさらに明瞭に神のことを思い起こし、自分のものとして所有するすべてのものが、創造主の恵み深いみ手から来たことを思って感謝するために、安息日が必要であった」。

あけぼの上巻201
「クリスチャンは、時おり自分の過去の生涯をふりかえってみて試練のときに支持が与えられ、暗黒と絶望のなかで道が開かれ、倒れるばかりのときに勇気づけられたことなど神から与えられた尊い救済の経験を思い出して感謝しなければならない。彼は、こうしたすべてのことを、天使の保護の証拠と認めるべきである」。

教会への勧告上巻363~364
「『息のあるすべてのものに主をほめたたえさせよ。』感謝すべき事がどれほどあるのか、われわれの中のだれが正しく考えたことがあるだろう。主のいつくしみは朝ごとに新しく、彼の真実は尽きることがないことを、われわれは覚えているだろうか。

われわれは、主に依存していることを認識し、そのすべてのご恩恵に対して感謝を表しているだろうか。反対に、われわれは『あらゆる良い贈り物、あらゆる完全な賜物は、上から、光の父から下って来る』ことを、あまりにもしばしば忘れるのである。健康な者は、毎日、毎年、彼らが受け続けて来た驚くべき恵みを、なんと簡単に忘れることだろう。彼らは神のすべての恵みに対して、感謝と賛美をささげない」。

ローマ8:28
「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている」。

各時代の希望中巻48
「人はみな重荷を負って、疲れている。みな重荷におしつぶされているが、それをとり除くことができるのはキリストだけである。われわれが背負っている一番重い重荷は罪の重荷である。もしわれわれがこの重荷を負うままにされていたら、それはわれわれをおしつぶしてしまうだろう。しかし罪のないお方がわれわれの身代りになられた。「主はわれわれすべての者の不義を、彼の上におかれた」(イザヤ53:6)。主はわれわれの不義の重荷を負われた。主はわれわれの疲れた肩から荷物をとられる。主はわれわれに休みを与えられる。また心配や悲しみの重荷も主は負ってくださる。心配ごとは全部わたしにまかせなさいと主は招いておられる。なぜなら主はわれわれのことを心にとめておられるからである」。