悩みのとき、いつも主も悩まれて

*霊感の言葉*

 現代の必要

士師記10:16主の心はイスラエルの悩みを見るに忍びなくなった」。

イザヤ書63:9彼らのすべての悩みのとき、主も悩まれて、・・・・いにしえの日、つねに彼らをもたげ、彼らを携えられた」。

教育311
「罪のために創造主が受けられた苦しみを思う人は非常に少ない。全天はキリストと苦しみを共にしたが、しかしその苦悩はキリストが人性をとって現われたときに始まったのでもなければ終わったのでもない。十字架は、罪が初めてあらわれたときから神の心に生じた苦痛を、われわれの鈍い感覚に示すものである。人が正しいことから離れるたびに残酷な行ないをするたびに人性が神の理想に到達できないたびに神は悲しまれるのである。イスラエルが、神から離れた当然の結果として、敵に征服され、残虐と死という災難がふりかかったとき、『主の心はイスラエルの悩みを見るに忍びなくなった。」「彼らのすべての悩みのとき、主も悩まれて、・・・・いにしえの日、つねに彼らをもたげ、彼らを携えられたと言われている。

神のみたまは『みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下さる』」とある。『被造物全体が、・・・・共にうめき共に産みの苦しみを続けている』とき、限りない天父のみ心は同情に痛むのである。この世界は広いラザーハウス(伝染病、特にハンセン病院)のようなもので、われわれはその悲惨な光景を心に思うことすら苦痛である。その現実の姿をみつめるとき、重荷はあまりに大きいであろう。しかし神はそのすべてを感じておられるのである。神は、罪とその結果を滅ぼすために、最愛のひとり子をあたえ、み子との協力によってこの悲惨な光景を終わらせる能力をわれわれにお与えになっている。『この御国の福音は 、すべての民に対してあかしをするために、全世界に宣べ伝えられるであろう』」。

 初代文集99
「わたしは、地上でなすべき働きを持っていた四人の天使たちが、その働きを成し遂げる途 中にあるのを見た。イエスは祭司の衣をまとっておられた。彼はあわれみの情をもって残りの民をごらんになった。それから、両手をあげて、深いあわれみのこもった声で、「わたしの血、父よ、わたしの血、わたしの血、わたしの血! 」と叫ばれた。すると、白い大きなみ座に座っておられる神から、非常に輝かしい光がでてきて、イエスのまわり一面を照らすのを、わたしは見た。それから、イエスからの任務を帯びた一人の天使が、地上でなすべき働きを持っていた四人の天使たちの所に、速やかに飛んでいって、手に持った何か を上下に振って、大声で、『神のしもべたちの額に印が押されるまで、待て、待て、待て! 』と叫ぶのを、わたしは見た」。