大義名分はないのですか?

*霊感の言葉*

RC351
あなたは、意気消沈してはいけない。臆病な者は力づけられ、落胆している者には希望が与えられる。神は、ご自分の民を、優しく気づかっておられる。その耳は、彼らの叫びに対し開かれている。私は、神の大義のことを危惧していない。神が、御自身の大義(名分)のめんどうを見られる。私たちの義務は、自身の持ち場立場を占め、十字架のもとで謙虚に生き、御前で忠実に聖く生きることである。これをする限り、恥じることなく、私たちの魂は、聖なる大胆さの内に神に委ねきるであろう。

国と指導者上巻88
 天からの刑罰の言葉をアハブに伝える任務が、エリヤに負わせられた。彼が、主の使命者になることを求めたのではなかった。主の言葉が彼に臨んだのである。彼は神の大義の栄誉のために熱心だったので、従うことは悪王の手にかかって、速やかに殺されることを招くようなものであったが、神の召しに従うことをためらわなかった。

国と指導者下巻259
 サタンの攻撃は、神の働きと運動を推進させようとする者に対して、常に向けられてきた。サタンは度々失敗しても、これまで用いなかった方法を用いて、新たな勢いで攻撃を再開してくるのである。しかし最も恐るべきものは、彼が、神の働きの支持者であると誓った人々を用いて、ひそかに働くことである。公然とした反対は激烈で残酷であろう。しかしそれは、神に仕えると公言しながらその心はサタンのしもべである人々の、ひそかな敵意に比べるならば、神の働きに対する危険ははるかに少ないのである。この人々は、神の働きを妨げ、神のしもべたちを傷つけるためにその知識を用いる者たちに、あらゆる便益を提供することができるのである。