古代イスラエルから学ぶ現代イスラエル Part.2

*霊感の言葉*

イザヤ58:1
「大いに呼ばわって声を惜しむな。あなたの声をラッパのようにあげ、わが民にそのとがを告げ、ヤコブの家にその罪を告げ示せ。」

Ⅰヨハネ2:16
「すべて世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、持ち物の誇は、父から出たものではなく、世から出たものである。」

Ⅱコリント6:14-17
「不信者と、つり合わないくびきを共にするな。義と不義となんの係わりがあるか。光とやみとなんの交わりがあるか。キリストとベリアルとなんの調和があるか。信仰と不信仰となんの関係があるか。神の宮と偶像となんの一致があるか。わたしたちは、生ける神の宮である。神がこう仰せになっている、『わたしは彼らの間に住み、かつ出入りをするであろう。そして、わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となるであろう』。だから、『彼らの間から出て行き、彼らと分離せよ、と主は言われる。そして、汚れたものに触れてはならない。触れなければ、わたしはあなたがたを受けいれよう。』」

人類のあけぼの下巻71
「どの時代にも、官能の耽溺という岩に乗り上げて難破した人々が大勢いた。時が終わりに近づき、神の民が天のカナンの境界に立つとき、サタンは、昔と同じように、彼らをよい地に入らせまいとして、いっそう努力する。……彼は今も、3000年前に用いたのと同じ手段を用いる。この世の交わり、美貌の魅力、快楽の追求、歓楽、安楽、飲酒などによって、彼は第7条を犯させようとする。」

人類のあけぼの上巻442
「自分自身の義を確立させようと努力するかわりに、われわれは、キリストの義を受け入れる。キリストの血がわれわれの罪を贖うのである。キリストの服従が、われわれに代わって受け入れられる。こうして、聖霊によって新しくされた心は、『御霊の実』を結ぶのである。」

各時代の希望上364
「神は、安息日を守ることが神の礼拝者である証拠となるように計画された。それは、彼らが偶像礼拝から離れ、真の神とつながっていることの証拠となるのであった。しかし安息日を聖とするためには、人は自ら聖でなければならない。信仰によって彼らはキリストの義にあずかる者とならねばならない。」