体験の証_松田幸保

【新しい命に生きる】

新緑の美しい季節になりました。今日も、教会に向かう車の中から、木々が明るい緑の葉におおわれ、森が輝いているのが見え、とても嬉しい気持ちになり、神様に感謝しました。

この新緑の季節に、いつも思い出す経験があります。ちょうど、今から14年前になりますが、2001年の春、私はカナダのブリティッシュコロンビア州のケロウナ地方、森と湖の美しい町に滞在していました。女性の医事伝道者の方と一緒に、ある末期がんの方の所に訪問していたのです。彼女は、エドモンさんという50代の女性で、旦那さんと、高校生と大学生の娘さんとの4人家族でした。そして、長年のSDAの信者さんでした。ずっと自宅で療養していましたが、家庭の事情により、お友達の家に移り、そこで訪問看護によるホスピスケアを受けていました。以前にも、何度か彼女の家を訪れ、ケアをした事がありましたが、この時が最後の訪問となりました。

数日間の滞在の中で、私が夜間付き添っていたある晩、彼女はちっとも落ち着かず、何度も私を呼んでは、「さち、足をマッサージしてちょうだい」「水が飲みたい」と言ったり、「祈ってちょうだい」「賛美歌を歌ってちょうだい」と必死で願います。私は、覚えていた暗唱聖句の歌を一生懸命、彼女のベッドサイドで歌いました。

神よ、わたしの叫びを聞いてください。わたしの祈に耳を傾けてください。わが心のくずおれるとき、わたしは地のはてからあなたに呼ばわります。わたしを導いて/わたしの及びがたいほどの高い岩に/のぼらせてください。あなたはわたしの避け所、敵に対する堅固なやぐらです。わたしをとこしえにあなたの幕屋に住まわせ、あなたの翼の陰にのがれさせてください。」(詩篇61:1~4)

「神よ、わたしのために清い心をつくり、わたしのうちに新しい、正しい霊を与えてください。わたしをみ前から捨てないでください。あなたの聖なる霊をわたしから取らないでください。あなたの救の喜びをわたしに返し、自由の霊をもって、わたしをささえてください。」(詩篇51:10~12)

祈ったり、暗唱聖句の歌を歌ったりしながら、足をマッサージすると彼女は落ち着いて、しばらく眠りますが、またすぐに私を呼びます。私もその晩は眠れませんでした。そして、彼女が電動ベッドを上げたり下げたりしながら、また落ち着かなくなって、私を呼び、こう言いました。「さち、苦しい、助けてほしい。今、私は霊的な戦いの中にいるの。今までたくさんの罪を犯してきて、まだ死ぬ準備ができてない。神様との間に平安が欲しいの。御言葉を読んでちょうだい!」。彼女の魂の叫びでした。私は、このように死を目前にして、霊的戦いの中にいる人に遭ったのが、実はこの時が初めてで、いったいどうしたらいいのか全く分からず、はっきり言って途方にくれてしまいました。今なら、霊の戦いの祈りや、このような時の約束の御言葉が思い浮かびますが、この時は頭の中が真っ白で、ある意味恐怖に似た気持ちもあり、神様に私も心の中で叫びました。「神様、助けて下さい。どうしたらよいか分かりません!ちょうどいい御言葉を与えてください!」。

祈ってから、聖書を開くと次の御言葉が目に飛び込んできたので、つたない英語で必死に読みました。

「罪の支払う報酬は死である」(ローマ6:23)。

「あちゃー、しまったー!」と思いました。見ると、彼女はますます苦しそうな表情をしています。「罪の重荷に苦しむ人に、なんでこの聖句を読んでしまったんだろう」と後悔しました。でも、続けてさらに同じ聖句を読むと、「しかし神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスにおける永遠のいのちである。」と、書かれていました。彼女は、大きな声で「アーメン!」と言い、ほっとした表情になりました。病気はもちろんのこと、未信者の夫や、思春期の娘との争いが絶えず、家族関係で悩み、色々なつらい思いをしていた彼女にとって、死を迎える前に、どんなケアよりも、神様との和解、平和が本当に必要だったのだと思います。その後、彼女はしばらく眠ることができました。

次の日、一緒に訪問していた、医事伝道者の方(私の師匠のような人)が、彼女とじっくり話し、共に祈り、彼女は死を迎える準備ができたようでした。あんなにも、落ち着かず苦しそうだった彼女の顔は、すっかり変わり、平安そのもので、私たちは、死を目前にして新しく生れ変った人を目の当たりにしました。いよいよ帰る日になり、笑顔で送り出してくれた彼女を後にして、私たちはまた大きなバンに乗って旅を続けました。

帰る道すがら、ケロウナの森は新緑で輝いていました。まさしく、新しい命が息吹き、全てが明るく美しく輝いていて、神様の命を与える御業に感動しながら、窓の外を眺めていました。死を目前にして、新しく生れ変った彼女の事を考えながら、自然界の新しい命を見ていると、涙があとからあとから、流れてきました。私たちが帰ってから、二日後に彼女が平安の内に眠りについたことを聞きました。

「神のみたまが心を占領される時、それは生活を生れ変らせる。…喜びが悲しみに入れ代り、顔には天の光が反映する。…祝福は、信仰によって魂が神に屈服するときに与えられる。その時、人間の目では見ることのできない力が、神のかたちにかたどって新しい人間を創造する。」(希望上203)

あの日、彼女の顔が全く変わったのは、まさしく、神様の創造の御業でした。私たちも、神様の恵みによって日々新たに生れ変る経験にあずかりたいと思います。今日は特に、洗足聖餐式なので、今までの罪を洗い流していただき、新しい心を頂きたいと思います。最後に御言葉の約束を読んで終わります。

「だから、わたしたちは落胆しない。たといわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていく」。(コリント第二4:16)

関連書籍:
「あなたは幸せである」松田幸保
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