体験の証_松田幸保

【弱いところに】
朝日が産まれて1年がたちました。この1年、神様の恵みとあわれみ、そして皆さんの祈りと優しさにどれほど支えられ、助けられたかわかりません。いつも本当にありがとうございます。

朝日が与えられるのをずっと待っていた数年間、神様の約束は「あなたの上には主が朝日のごとくのぼられ、主の栄光があなたの上にあらわれる。」というイザヤ60:2の御言葉でした。いつも夜明けの美しい空を見ながら、いつか神様が必ず約束を成就して下さると信じ、待ち望んでいたので、生まれてきた時は本当に感謝と喜びでいっぱいでした。神様の栄光があらわされますようにと祈りつつ証しさせて頂きます。

今日は、神様がある経験を通して私にどうしても学んでほしいと思っておられた事を、お話したいと思います。

朝日が4,5カ月くらいの頃から、顔や手足に湿疹が出るようになりました。はじめは、「よだれかぶれかなぁ」と思っていましたが、なかなか良くならず、ついには顔が真っ赤になってしまいました。やっぱりアトピーなのかなぁと思ったりもしていました。「母親の食べる物で、母乳を通してアレルギー反応を起こしているかもしれないから、何かあやしいと思う物をやめてみたら?」と、増田ゆかりさんからアドバイスを受け、まずは私が小麦を食べるのを止めました。また、テルミーをしたり、軟膏を塗ったりあれこれ試してみました。いろんな方が祈って下さり、しばらくすると、ほっぺたの赤みが取れて、良くなりました。神様の恵みにとても感謝しました。

それでも、やはり体や顔のあちらこちらに湿疹がでて、赤くなったりまた引いたりを繰り返していました。私の心は、朝日の皮膚の状態で一喜一憂する日々でした。クリスマスの頃でしたが、ちょうど気持ちが落ち込んでいた時、夜寝る前に布団の中で、空輝がイエス様の誕生物語の歌を、ずっと歌ってくれました。その中に、マリアが御告げを受けた時に、御使いが語る言葉がありました。「♪神様にとって不可能な事は一つも一つもありません♪」。それを聴きながら、「そうだよねー神様にとって不可能なことは一つもないんだよねー。朝の湿疹もきっと治してくださるよね」と、すごく励まされました。

5月の始め頃、梅雨入り前の時期でしたが、湿気と暑さのせいで、今度はあせもから、また首や頭や顔が真っ赤になってしまいました。色々やってみましたが、ひどくなる一方で、「どうしてかな?私が食べる物で反応しているのかな?小麦以外にもあるのかな?あれかな?これかな?」とあれこれ考えて、自分がよく食べる物を一つずつ止めてみて様子を見ていました。だんだんそれもしんどくなってきて、主人に「なんで良くならないんだろう?私が悪いのかなあ?」と悩みつつ訴えると、「大丈夫!そのうち良くなるんでしょ!たかきもそうだったじゃん!」との返事が返ってきました。そして、息子と2人で「♪時が来れば治ります。時が来れば治ります。あれこれあれこれ考える。でも時が来れば治ります♪」と楽しそうに自作の歌を歌ってくれました。とにかく2人はめっぽう明るいんです。はぁーとため息をついて悩んでるのは私だけ。主人と息子は、毎日「朝日の皮膚が治りますこと、感謝します。」と祈りつつ、あまり気にせず生きてます。うらやましい限りでした。

ある晩、夜中にまたかゆがってむずがる朝日と二人、外に出ました。空を見上げると、満点の星が輝いていました。朝日も泣きやんで、空をじっと見つめていました。「あさー、星がきれいだねぇ。きらきら輝いてるねぇ。」と話しながら、心の中で「神様、朝日を癒してください。私を助けて下さい。」と必死に祈ってました。その時、神様はこのように語られました。「わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。「あぁ、そうなんだ、弱いところにこそ、神様の力があらわれるんだ、しかも完全にあらわれるんだ。朝日は完全に癒されるんだ」。御言葉の約束に慰めと励ましを受け、家の中に入って、もう一度この御言葉を心の中で繰り返しました。コリント第二12:9,10「『わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる。』それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。…なぜなら、わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである」。この御言葉こそが、神様から与えられた約束でした。

一方、皮膚はどんどんひどくなってきたので、一度小児科でアレルギーの血液検査を受けて、何が原因かをはっきりしてみようと、5月12日に受診しました。先生は、「まだ小さくて血管が細いから、もしかしたら血液が取れないかもしれません…」とおっしゃいましたが、折角来たのでやっていただく事にしました。針を刺されてわんわん泣き叫ぶ朝日の声を聞きながら、「みこころなら、この検査を受けさせて下さい。」と祈っていました。でも、結局その日は血液が取れず、泣いて終わってしまいました。がっくりして家に帰り、「せっかく行ったのにどうして受けられなかったのかな?」と主人に言うと、彼は「きっと神様の守りなんだと思うよ。人間的には、検査した方がいいように思うけどね。神様には別のご計画があるのかもしれない。何かは分かんないけど。」と答えました。私には、もう訳が分からず、ただただ「神様助けて下さい」とだけ祈りました。

その二日後の土曜日、ちょうどセミナーの時でした。朝起きて、みんなで教会へ行く準備をしていましたが、朝日の皮膚があまりにひどいので、とうとう私は「もう、今日は教会休みたい。朝日を連れて行きたくない。」と泣き出してしまいました。そばで聞いてた空輝が、すかさず「ママ、教会は行った方がいいよ。行ったら祝福があるよ。あーさーの皮膚も良くなるはずよ!」と、大きな声で励ましてくれました。行きたくない気持ちでいっぱいでしたが、お尻をたたかれ、何とか教会に来ることが出来ました。チョウさんの証や金城先生のお説教を聞いて、だんだん心が穏やかになっていきました。

昼食の時に、友人の蒲島周子さんがそばに来てくれて、ずっと話を聞いてくれました。色々励ましてくれて、「さっちゃん、大丈夫!あさちゃんの皮膚はさっちゃんのせいでこうなってるんじゃないよ。みんなそれぞれあるけど、きっと、さっちゃんに与えられた神様からの課題があるんじゃないかな?何かを教えようとされているんだと思うよ」と言ってくれました。家に帰ってから、「何だろう?神様は私に何を気付いてほしいんだろう?」と、祈りつつずっと考えていました。そして、ふと心に思い浮かんだのは、「私は自分の功績に頼っている」ということでした。♪つゆだにいさおのあらぬみをも♪と讃美歌で歌っていたのに、自分の方法で何とか問題を解決しようとしていました。「早く良くしてあげなきゃ、頑張らなくちゃ」と必死になってしまう分、うまくいかないと、「なんでー、こんなにも頑張ってるのに」と悩む。自分はこんなに一生懸命やってるんだから…と見返りを期待する分、家族に対して怒ったり、不満な気持ちが出てきてしまう。朝日の皮膚は、その一面で、恥ずかしながら万事につけ、自分はそういう人間だということが分かりました。

母が前回肺炎で入院した時も、私の口から出たのは「あー可哀想な事しちゃった。無理させたのかなぁ?もっと気をつけてあげればよかった…」というマイナスな言葉。これをそばで聞いていた空輝が、すかさず「ママだけだよ。そういうふうに言うのは。いつもママだけが悪い事を言うんだよ。ばあちゃんの事は、イエス様にお祈りしたから大丈夫でしょ!」と、この時も大きな声で励ましてくれました。この時の事も思い出し、私はいつも自分の力や功績、方法に頼っていて、本当の意味で神様に信頼して、問題をゆだねていなかったということが分かりました。朝日は神様に捧げたはずなのに、自分に取り戻して奮闘し、皮膚の状態を見ては一喜一憂していたのです。まさに朝日の皮膚は、パイナップルストーリーのパイナップル畑のようでした。

そこで、ひざまずいて神様に悔い改めの祈りをしました。「神様、本当にごめんなさい。私は、キリストの功績ではなく、自分の功績に頼り、自分の方法で問題を解決しようとしていました。朝日の皮膚はあなたの領域です。どうぞあなたの方法であなたが管理してください。今まで、何かにつけ、クリスチャンとは名ばかりで、私自身に頼っていた罪深いこのしもべをお許しください」。そう祈っていると、今度は「こんな私に、こんなにも大切な神様の子供を預けて下さった。」という神様の憐れみに対する感謝の気持ちが溢れてきて、「ありがとうございます。」と祈りながら涙が出ました。心は軽くなり、平安が訪れました。

それからというもの、神様の支配下に入った朝日の皮膚はだんだん良くなってきて、赤くなったり引いたりを繰り返しながらも、少しずつ海の潮が引くように綺麗になってきました。赤くなっているのを見て、心が乱れそうになると、「朝日の皮膚は神様の領域です。あなたが管理して下さっています事を感謝します。」と祈ると、心は不思議と平安になるのです。だからといって、ほっておいているのではなく、なすべき事は続けてしていますが、神様に朝日の皮膚を管理する権利を明け渡してからは、悩まなくなりました。

実物教訓44
「わたしたちは、自分の本分を尽くして、結果は神にゆだねればよいのである。」

祝福の山124
「わたしたちが、自分の関係していることを自分で処理し、自分の知恵だけで成功させようとすることは、神から与えられていない重荷を引き受けて、神の助けなしにそれをになおうとしているのである。…神はわたしたちを愛して、恵みを施そうとしておられることをほんとうに信じるとき、わたしたちは将来のことを心配しなくなる。わたしたちは、ちょうど子供が愛情深い親を信頼するように、神を信頼する。そのとき、わたしたちの意志は神の意志に没入して、悩み苦しみは消えてゆくのである。」

「わたしの力は弱いところに完全にあらわれる。」という御言葉の約束の通り、日々神様は朝日の皮膚という弱いところに力をあらわして下さっています。皆さん、気にかけてお祈りして下さりありがとうございます。やがて完全に良くなる事と思いますが、実は、この「弱いところ」というのは、本当は別のところにありました。私は、朝日の皮膚のために与えられた約束だと思っていましたが、一番の弱さは私の心の内にありました。自分の力で何とか問題を解決しようとする自己に頼る精神、ここがまさに私の弱さでした。神様は、この部分を癒したいがために、目に見える朝日の皮膚を通して、目に見えない私の心の内にある病んだところを癒そうとしてくださっていたのです。それに気付かせるために、何度も何度も様々な経験を通して教えて下さったのだということが分かりました。神様のあわれみです。以前、サンライズに来てすぐの頃、金城先生に完全な品性について質問した時に、このような答えが返ってきました。「144,000が持っている完全な品性はね、自分は無、何も良い所がない、だから完全にキリストに頼るということなんだよ」。私は、完全な人とは、きれいぴかぴか何でもできるすごい人たちだと思っていましたが、先生の答えは、違っていました。それをまた思い出しました。

もうすぐイエス様が迎えに来てくださる今、自分に頼らず、日常のあらゆることに関して、神様に信頼して完全に頼り、イエス様のように「わたしは自分からは何事もすることができない」と言って、日々神様の御心に従うことを、神様は求めておられます。この事に気付いた時、朝日の皮膚だけでなく、生活のあらゆる面において、心の内に悩んでいた一つ一つの事を神様の領域にお渡しして、神様に管理して頂く事にしました。時間に追われて、時間がないよーと思っていた時に、まず自分の時間を神様に捧げ、神様の管理下において頂くと、その日は何だかスムーズに事が運び、思ったよりやるべき事が進むことがよくあります。子供や主人、家族も、家計も、その日の計画も、全部神様の支配下・管理下において頂いて、人間の弱さにキリストの力が宿り、栄光があらわされますようにと祈る日々です。最後にみ言葉の約束をお読みします。ペテロ第一5:10 「あなたがたをキリストにある永遠の栄光に招き入れて下さったあふるる恵みの神は、しばらくの苦しみの後、あなたがたをいやし、強め、力づけ、不動のものとして下さるであろう。」神様の恵みに心から感謝します。

関連書籍:
「あなたは幸せである」松田幸保
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