人類に対する神の御目的

*霊感の言葉*

教育 4~5
「アダムが創造主のみ手によってつくられたとき、彼の肉体と知能と霊性は、神のみかたちをそなえていた。『神は自分のかたちに人を創造された』としるされている。神の御目的は、人が長く生きれば生きるほど、ますます、はっきりと神のみかたちをあらわすこと、すなわちなおいっそう明らかに創造主の栄光を反映することであった。人間のあらゆる才能は発達することが可能であって、それらの才能の能力と活力はたえず増大することになっていた。そうした才能を働かせるために、広い機会が与えられ、研究のために輝かしい分野が開かれていた。目に見える宇宙の神秘、すなわち、『知識の全き者のくすしきみわざ』が人の研究を招いていた。創造主と顔をあわせて、心と心の交わりをすることが、アダムのとうとい特権であった。もし彼が、神への忠誠心を変えなかったなら、この特権は、永久に彼のものとなったであろう。彼は、永遠にわたってたえず知識の新しい宝を手に入れ、幸福の新しい泉を見いだし、神の知恵と力と愛についていよいよ明らかな概念を持ちつづけたであろう。アダムが、創造された目的を十分に果たせば果たすほど、創造主の栄光は、ますますはっきり反映されたであろう。

しかし、不従順のために、この特権は失われた。罪のために、神のみかたちは傷つけられ、ほとんど消えてなくなるばかりとなった。人の体力は弱くなり、知的な能力は低下し、霊的な眼はくもった。人間は死ななければならない身となった。しかし人類は、望みのない状態のままに捨ててはおかれなかった。限りない愛とあわれみによって、救いの計画がたてられ、生命の猶予があたえられたのである。人類を創造された神の御目的が実現されるように、人の中に創造主のみかたちを回復し、人を創造当初の完全な姿にもどし、知、徳、体の発達を促すこと、これが救済の働きとなるべきであった。これが教育の目的であり、人生の大目的である」。

 

ミニストリー・オブ・ヒーリング 174~175 
「人間は、人生の真の目的をほとんど理解していない。きらびやかな外観に魅惑されている。世俗的に卓越することを熱心に求め、そのために人生の真の目的が犠牲にされる。人生における最善のもの、すなわち単純、正直、真実、純潔、高潔等は金銭で売買できないものである。それは学者にも無知な者にも、また地位の高い政治家にも貧しい労働者にも自由に得られる。神は富める者も貧しい者も一様に楽しむことができる喜び、純潔な思想を養い、無我の行動をするときに起る喜び、また同情ある言葉を語り、親切な行いをすることによって生ずる喜びを、すべての人のために備えておられるからである。こうした奉仕をする人からは、キリストの光が輝きいで、多くの影で暗くなった人生を明るくする」。