主君イエスに命をかけて

希望下118—119
「キリストは、このようにあわれな魂を、サタンが彼らに決定的に勝利することのできないところへどうやってみちびかれるだろう。ただ口先だけで弟子であると言うことが弟子となることではなく、また天国に入ることを保証するものでもないことを、キリストはどうやってお示しになることができるだろう。真の偉大さは愛の奉仕、真の謙遜にあるということを、キリストはどうやってお示しになることができるだろう」。

希望下125-126
「その生活と教訓を通して、キリストは、神にみなもとがある無我の奉仕について完全な実例をお与えになった。……イエスの一生は奉仕の法則の下にあった。主はすべての人に仕え、すべての人に奉仕された。……イエスは、この原則を弟子たちのうちに確立しようと幾度も試みられた。ヤコブとヨハネが高い地位を願ったとき、主は、『あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、仕える人と・・・・ならねばならない』と言われた (マタイ20:26、27)。わたしの王国では優先と優越は許されない。唯一の偉大さは謙遜の偉大さである。唯一の卓越は他人への奉仕に献身することにある」。

  希望上2
「あがなわれた者も、堕落しなかった者も、キリストの十字架に彼らの科学と彼らの歌を見出すであろう。イエスのみ顔にかがやいている栄光は自己犠牲の愛の栄であることがわかるであろう。カルバリーの光に照らしてみて、おのれを捨てる愛の法則が天と地の生命の法則であること、『自分の利益を求め』ない愛はそのみなもとが神の心にあること、柔和で心のへりくだったお方のうちに、だれも近づくことのできない光のうちに住んでおられる神のご品性があらわれていることなどがわかるであろう(Ⅰコリント13:5)」。

マタイ16:24
「それからイエスは弟子たちに言われた、『だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て自分の十字架を負うてわたしに従ってきなさい』」。

エレミヤ30:21
「その君は彼ら自身のうちのひとりであり、そのつかさは、そのうちから出る。わたしは彼をわたしに近づけ、彼はわたしに近づく。だれか自分の命をかけてわたしに近づく者があろうかと主は言われる」。