ユダヤの祭りからひも解く1844

大争闘下119
「聖書の中で、他のどの聖句よりも、再臨信仰の基礎であり、中心的な柱であったものは、『二千三百の夕と朝の間である。そして聖所は清められてその正しい状態に復する』という宣言であった(ダニエル8:14)」。

希望上260
「旧約聖書は、歴史であろうと、律法であろうと、預言であろうと、どのページにも、神のみ子の栄光が輝いている。ユダヤ教の制度全体は、それが神の制度であるかぎり、福音のぎっしりつまった預言であった」。

患難上6
「キリストはユダヤの諸制度の基礎であった。型や象徴の全体系は、福音がぎっしりと詰まった預言であり、救済のさまざま な約束を包含して人々に示していた」。

大争闘下138
「聖所問題が…互いに関連し調和する真理の全体系を明らかにする」。

実物教訓111—112
ユダヤ制度の意義は、まだ一般に十分に理解されていない。その儀式や象徴の中に意味深い真理が予表されていた。その神秘を開くかぎが、福音である。贖罪の計画を知ることによって、その真理を理解することができる。このような驚くべき主題を理解することは、わたしたちが考えているよりは、はるかに大きな特権である。わたしたちは、 神の深遠さを理解しなければならない。ほんとうに悔いた心の持ち主が、神のことばを調べ、神のみが与え 得る知識の長さ、広さ、深さ、高さがもっと与えられるように祈り求めるときに示される真理は、天使でさえ、知ろうと願っているものである」。

大争闘下106
こうした型は、そのできごとだけでなくて、その時に関しても成就した。ユダヤ暦の1月14日、すなわち1500年という長期にわたって過越の小羊がほふられてきたその月その日に、キリストは、弟子たちと過越の食事をともにし、『世の罪を取り除く神の小羊』としてのご自身の死を記念する式典を制定された。その夜、彼は悪人たちの手に捕えられ、そして十字架にかけられて殺されることになった。そして、われわれの主は、揺祭の束の実体として、3日目に死からよみがえり、『眠っている者の初穂』となり、贖われたすべての者の『卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じかたちに変え』ることを実証された(Ⅰコリント15:20、ピリピ3:21)。
これと同様に、再臨に関連した型も、象徴的奉仕のなかで指示されたその時期に成就しなければならない。モーセの律 法において、聖所の清め、すなわち、大いなる贖罪の日は、ユダヤの7月10日に行なわれた(レビ記⒗:29—34)。その日に、大祭司は、全イスラエル人の罪の贖いをなし、彼らの罪を聖所から除き、出て来て、民を祝福した。そのように、われわれの大祭司キリストが現われて、罪と罪人を滅ぼし、地を清め、待望していた神の民に永遠の生命を与えるものと、人々は信じた。聖所の清めの時である大いなる贖罪の日の7月10日は、1844年の10月22日にあたり、その日が主の再臨の時であると考えられた。これは、2300日が 秋に終結するという前記の証拠とも一致し、この結論は反論できないと思われた」。

あけぼの下184
仮庵の祭りは、ただ単に記念であるだけでなく、象徴でもあった。それは、荒野の旅をふり返っていただけでなくて、収穫の祭りと同様に、大いなる日の最後の収穫を予表していた」。