キリストのゆるしと清めの働き

*霊感の言葉*

イザヤ9:6
ひとりのみどりごがわれわれのために生れた、ひとりの男の子がわれわれに与えられた。まつりごとはその肩にあり、その名は、「霊妙なる議士、大能の神、とこしえの父、平和の君」ととなえられる。

マタイ4:23,24
イエスはガリラヤの全地を巡り歩いて、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、民の中のあらゆる病気、あらゆるわずらいをおいやしになった。そこで、その評判はシリヤ全地にひろまり、人々があらゆる病にかかっている者、すなわち、いろいろの病気と苦しみとに悩んでいる者、悪霊につかれている者、てんかん、中風の者などをイエスのところに連れてきたので、これらの人々をおいやしになった。

 各時代の希望上185,186
宮をきよめることによって、イエスはメシヤとしてのご自分の使命を公表し、その働きにはいられたのであった。神の住居として建てられたこの宮は、イスラエルと世界のために実物教訓となるように計画されていた。輝く聖なるセラフから人間にいたるまで、すべての被造物が創造主の内住される宮となることが、永遠の昔から神の目的であった。…しかしユダヤ人は彼らが非常な誇りをもって見ていた建物の意義を理解していなかった。彼らは自分自身をみたまの聖なる宮としてささげなかった。けがれた商売のそうぞうしさにつつまれていたエルサレムの宮の庭は、肉欲やきよくない思いがはいりこんでけがれている心の宮をそのままあらわしていた。宮を世俗の売る人、買う人からきよめることによって、イエスは、罪のけがれ、すなわち魂を堕落させる世俗的な望み、利己的な欲望、悪習慣などから心をきよめられるご自分の使命を宣言された。

 「あなたがたが求める所の主は、たちまちその宮に来る。見よ、あなたがたの喜ぶ契約の使者が来ると、万軍の主が言われる。その来る日には、だれが耐え得よう。そのあらわれる時には、だれが立ち得よう。彼は金をふきわける者の火のようであり、布さらしの灰汁のようである。彼は銀をふきわけて清める者のように座して、レビの子孫を清め、金銀のように彼らを清める」(マラキ3:1-3)。

 各時代の希望中8
「平和をつくり出す人たちは、さいわいである」(マタイ5:9)。キリストの平和は、真理から生れる。それは神との調和である。

各時代の希望中92
救い主は、福音に対する敵意が克服されるだろうとか、しばらくしたらその反対がやむだろうなどと望んではならないと、弟子たちに命じられた。キリストは、「平和ではなく、つるぎを投げ込むためにきたのである」と言われた(マタイ10:34)。このように戦いが起るのは、福音の影響ではなくて、福音への反対の結果である。