ガダラの狂人~奉仕のために救われる~

*霊感の言葉*

各時代の大争闘・下巻257, 258ページ
「聖書に直接的な多数の証拠があるにもかかわらず、悪魔と悪天使たちの存在働きを否定する人々ほど、悪霊の力に動かされる大きな危険の中にある人たちはいない。われわれが彼らの策略に無知であるかぎり、彼らは、われわれには想像もつかないほど優位にある」。

各時代の希望・中巻62ページ 
「イエスのみことばは、この不幸な人たちの暗くなった心をさしつらぬいた。自分たちを苦しめている悪鬼から救ってくださることのできるおかたが近くにおられるということを、彼らはおぼろげながらさとった。彼らはイエスをおがもうとして地にひれふした。・・・イエスのあわれみを乞おうとして彼ら・・・(は)口を開く」。

キリストへの道36ページ
「もし、自らの罪深きことに気づいたならば、自分でよくしようなどと思って待ってはなりません。自分はキリストの許に行くにはふさわしくない、と思っている人がなんと多いことでしょう。自分の力でよくなれるとでも思っているのでしょうか。「エチオピヤびとはその皮膚を変えることができようか。ひょうはその斑点を変えることができようか。もしそれができるならば、悪に慣れたあなたがたも、善を行うことができる」(エレミヤ書一三ノ二三)とあります。私どもを助けてくださるのは神のみであります。もっと強い確信、もっといい機会、あるいは、もっときよめられた性質を持つまでなどと待ってはなりません。私どもは自分の力ではなにもできないのですから、ありのままでキリストに行くほかはないのであります」。

ミニストリーオブヒーリング69ページ
「このいやされた、ふたりの狂人たちは、キリストがデカポリスの地方に福音をのべ伝えるようにおつかわしになった最初の伝道者であった。ふたりは、ほんのわずかの時間しか、キリストのみ言葉を聞いてはおらず、ただの一回も、キリストの話されるお説教について聞いたことがなかった。彼らは、毎日キリストと一緒にいた弟子たちのように、人々を教えることはできなかった。けれども、自分の知っていること、すなわち救い主の御力について見たこと、聞いたこと、感じたことなどを告げることができた。これは神の恵みで、心に感動を受けたすべての人のできることである。これがわれらの主の求めたもうあかしであり、社会は、これを聞くことができないため、滅びて行っている」。

ミニストリーオブヒーリング69ページ
「ぶたを殺すことによって、人々を救い主から退け、その地方に福音がのべ伝えられるのを防ごうとするのがサタンの目的であった。しかしこの事件は、他のどんなことによってもできないほど、その地方の人々を覚せいさせ、イエスに注意をむけさせた。救い主ご自身は退かれたが、イエスがおいやしになった人々が、キリストの力の証人として残った。暗黒の君のなかだちだった者が光を運ぶ者となり、神のみ子の使者となったのである。イエスがのちにデカポリスに行かれたとき、人々はキリストのまわりに押し寄せた。そして三日間というもの、周囲の全地方から幾千人の人々がやってきて、救いの話を聞いた(マルコ7:31、8:2参照)」。

教会へのあかし・第六巻・64ページ(英文)
「教会は、いつも神と交わりのある教会員の、生きた、新鮮な体験を必要としている。キリストを表わさない、無味乾燥で新鮮味のないあかしや祈りは、人々の役に立たない。神の子供であると称する者めいめいが、信仰と、光と、生命に満ちているならば、真理を聞きにやって来る人々にどんなにかすばらしいあかしを与えることであろう。そして、どんなにか多くの魂がキリストに導かれることであろう」。

各時代の希望・中巻75ページ
「キリストの忠実さについてわれわれが告白することは、キリストを世にあらわすために天のえらばれた方法である。われわれは、昔の聖人たちを通して知らされた神の恩恵を告白すべきであるが、しかし最も効果があるのは、われわれ自身の経験によるあかしである。神の力の働きを自分自身のうちにあらわすとき、われわれは、神の証人である。各個人はそれぞれ他人とちがった人生を持っており、また本質的に他人とちがった経験を持っている。神は、われわれの賛美が、それぞれ特有の個性を帯びてみもとにのぼることをお望みになる。このようなとうとい告白によって神の恵みの栄光を賛美することは、それがクリスチャン生活によって裏づけられるとき、抵抗することのできない力をもって魂の救いのために働くのである」。

ミニストリーオブヒーリング69, 70ページ
福音は生命のない理論としてではなく、生涯を変化させる生きた力として与えられなければならない神は人間が、神の恵みによって、キリストのような品性を得、その大きな愛の確証を得て喜ぶことができる事実をあかしするように、しもべたちに望んでおられる。また救いを受け入れようとする者が、皆神のむすこ、娘として、きよい特権を回復するまで、神は満足なさらないことをあかしするように、わたしたちに望んでおられる」。