オウム真理教とキリスト教

*霊感の言葉*

【「経験と幻」初版の序文】
われわれは、真剣に真理と聖書的清めを求めている人々の多くが、幻に対して偏見を抱いていることをよく知っている。まず第1に、偽りの幻と現象とを伴った狂信が、多かれ少なかれ、ほとんど至る所に存在してきた。したがって、多くの誠実な人々は、この種のものをすべて疑うようになったのである。第2に、催眠術があらわれ、また、一般に「不思議なたたく音」と呼ばれている現象であるが、これらは、人々を欺き、神の霊の賜物とその働きについて疑惑を抱かせようとして、巧みに計画されたものである。しかし、神は不変である。ヤンネとヤンブレがサタンの力によって、モーセの行ったものと同じような奇跡を行うことが許されたけれども、神がパロの前で、モーセによって行われた奇跡は、完ぺきであった。偽物は使徒時代にもあらわれた。しかし、霊の賜物は、キリストの弟子たちの中にあらわされたのである。そして、神は、この欺瞞に満ちた時代においても、神の民に聖霊の賜物とその働きとをあらわさないではおかれないのである。

偽物の目的とするところは、実在するものをまねることである。

であるから、このような誤りの霊のあらわれは、神が、聖霊の力によってご自分を神の子供たちにあらわし、神のみ言葉を、栄光のうちに成就しようとしておられる証拠である。「神がこう仰せになる。終りの時には、わたしの霊をすべての人に注ごう。そして、あなたがたのむすこ娘は預言をし、若者たちは幻を見、老人たちは夢を見るであろう。」(使徒行伝 2:17、ヨエル 2:28参照。) 催眠術に関しては、われわれは、常にそれを危険なものと見なしてきた。だから、われわれは、これとは全く関わりはない。われわれは、催眠術にかかった人を見たこともなければ、催眠術についてなんの経験もないのである。われわれは、この小著が聖徒たちの慰めになることを願いつつ、世に送り出すものである。
ニューヨーク州、サラトガ・スプリングス  ジェームズ・ホワイト、1851年8月

【エジプトの魔術師たち】 出エジプト記7章
彼らがパロと語った時、モーセは八十歳、アロンは八十三歳であった。主はモーセとアロンに言われた、 「パロがあなたがたに、『不思議をおこなって証拠を示せ』と言う時、あなたはアロンに言いなさい、『あなたのつえを取って、パロの前に投げなさい』と。するとそれはへびになるであろう」。それで、モーセとアロンはパロのところに行き、主の命じられたとおりにおこなった。すなわちアロンはそのつえを、パロとその家来たちの前に投げると、それはへびになった。そこでパロもまた知者と魔法使を召し寄せた。これらのエジプトの魔術師らもまた、その秘術をもって同じように行った。すなわち彼らは、おのおのそのつえを投げたが、それらはへびになった。しかし、アロンのつえは彼らのつえを、のみつくした。けれども、パロの心はかたくなになって、主の言われたように、彼らの言うことを聞かなかった。

【解説】出エジプト記7章について
…しかし、悪の君がエジプトの魔術師らを通して不思議を行ったのには、もっと深い目的があった。彼は、モーセが、イスラエルの人々を奴隷のきずなから解放することは、人類を罪の支配から解放するキリストを予表していることをよく知っていた。彼は、キリストがこの世に現われるとき、彼が神から世に送られた証拠として力ある奇跡を行われるのを知っていた。サタンは、キリストの力におののいた。サタンは、モーセを通してなされた神のみわざのにせものをつくり出すことによって、イスラエルの解放をさまたげると共に、その後の時代にまで影響を及ぼし、人々にキリストの奇跡を信じさせまいとした。サタンは、絶えずキリストのみわざのにせものをつくり、自分の勢力範囲を確立しようとしている。サタンは、キリストの奇跡が、人間の技巧と能力の結果であるかのように見せかけて、人々にそう思わせている。彼は、このようにして、多くの人々の心からキリストが神の子であるという信仰を失わせ、あがないの計画を通して与えられる恵み深いあわれみの招きを、人々が退けるようにしむける。
人類のあけぼの第23章「エジプトの災害」  エレン・ホワイト