イエスの別れの勧告

*霊感の言葉*

患難下250-253
「わたしは、新しいいましめをあなたがたに与える、互に愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい」と、キリストは言われた(ヨハネ13:34)。….

また更に、新しい戒めに心から従うように前進しなければならなかった。こうして彼らは、キリストと一致すれば、主のすべての要求を満たすことができるようになるのである。彼らの生活は、ご自身の義によって彼らを義として下さる救い主の力を表現しなければならなかった。…「それゆえに、わたしたちもまた、兄弟のためにいのちを捨てるべきである」。

キリストの教会を最も危うくするものは、この世の反対ではない。教会を最も深刻な不幸に陥れるものは、信者たちの心に隠された悪であり、それは最も確実に神のみわざの進展を遅らせる。ねたみ、疑い、あらさがし、悪意ほど霊性を弱めるものはない。一方、神の教会を構成しているいろいろな性質の人たちの間における調和と一致は、神がみ子をこの世におつかわしになったことを最も確かにあかしするものである。このようなあかしをたてることが、キリストに従う者たちの特権である。しかしこれを行うためには、彼らはみずからキリストの戒めに服さなければならない。品性がキリストの品性に、また、意志がキリストの意志に調和しなければならない。

 

ミニストリー136
救い主の模範は、誘惑され、過失に陥っている人に対して奉仕をするわたしたちの標準でなければならない。救い主がわたしたちに示されたのと同じ興味、優しさ、忍耐を他の人に表わさなければならない。「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい」と、キリストは言われている(ヨハネ13:34)。もしキリストがわたしたちの中に住んでおられるならば、日常接するすべての人にその無我の愛をあらわすはずである。同情や助けを要する男女を見るとき、「あの人たちは価値があるだろうか」と問わず、「どうしたらあの人を助けることができるだろうか」と尋ねるだろう。富める者、貧しい者、高い者、低い者、自由のある人もない人も共に神の財産である。人を救うために自分の生命をお与えになったキリストは人間のひとりびとりに測り知れぬ価値を認めておられる。十字架の奥義と栄光から人間の魂の価値に対するキリストの評価を認識しなければならない。そうするとき、どんなに堕落した人でも、冷淡にし たり軽蔑したりするにはあまりに高い価が払われていることを感じ、わたしたちと同じ人間を高く神のみ座にまで導く働きの重要性がわかるであろう。