イエスの人性について

希望下147
「救い主は、何のためにご自分の神性が人性と結合しているかを弟子たちが理解するように熱望された。キリストは、神の栄光を示し、その回復力によって人が高められるようにこの世にこられた。神はキリストのうちにあらわされたが、それはキリストを通して神が人々のうちにあらわされるためであった。イエスは、人がイエスに対する信仰を通して持つことのできないような特性をあらわしたり、能力を働かせたりされなかった。キリストの完全な人性は、キリストに従うすべての者が、キリストと同じように神に服従するときに所有すことのできるものである」。

メディカル・ミニストリー181英文
「彼はご自分の罪なき性質に上にわれわれの罪深い性質をおとりになった。それは、試みられている者をいかにして助けるかをお知りになるためである」。

レビュー・アンド・ヘレルド1896年12月15日 英文
「人性の衣をつけて、神のみ子は、彼が救おうとなさる人々の程度にまでくだられた。彼の中には何の偽りも罪深さもなかった。しかし、彼はわれわれの罪深い性質をおとりになった」。

各時代の希望上巻35
「アダムがエデンで罪を知らなかったときでさえ、神のみ子が人の性質をおとりになることは無限の屈辱に近かった。ところがイエスは、人類が四千年にわたる罪のよって弱くなっていた時に人性をおとりになったのである。アダムのすべての子らと同じように、イエスは遺伝という大法則の作用の結果をお受けになった。そのような結果がどういうものであるかは、イエスのこの世の先祖たちの歴史に示されている。主は、われわれの苦悩と試みにあずかり、罪のない生活に模範をわれわれに示すために、このような遺伝を持っておいでになったのである」。

 ユース・インストラクター1898年10月13日英文
「神のみ子の人性はわれわれにとってすべてである。それはわれわれの魂をキリストの結びつけ、キリストを通してさらに神に結びつける黄金のくさりである。これがわれわれの研究課題とならなくてはならない。・・・・われわれがこの主題に近づくとき、キリストが燃えるしばの中でモーセに言われた『足からくつを脱ぎなさい。あなたが立っている場所は聖なる地だからである』 というみ言葉に心をとめることである。学ぶ者の謙遜さと砕けた心をもってこの研究にあたらなければならない。そうすれば受肉の研究はよい成果のある分野であるから隠れた真理を探り求める研究者には報いがあるであろう」。

 レビュー・アンド・ヘラルド1906年4月5日英文
「このように神が肉の中に現わされたということは、真の神秘である。そこで聖霊の働きがなくては、われわれはこの主題を十分に理解すことは期待することはできないのである」。