ゆるしと清め

各時代の希望上巻』72-73
「子供のイエスは初めて宮をごらんになった。彼は白い衣を身にまとった祭司が厳粛な儀式をとり行なっているのをごらんになった。彼はまた、いけにえの祭壇の上の血を流している動物に目をとめられた。……彼は過越の儀式の印象的な行事をまのあたりにごらんになった。一日ごとに、イエスはそれらの意味をだんだんはっきりさとられた。どの行為もご自身の生涯に結びつけられているように思われた。新しい衝動がイエスのうちに起りつつあった。だまって一心に、イエスは大問題を解いておられるようにみえた。ご自分の使命の奥義がだんだん救い主に開かれた。こう した光景について瞑想にふけっておられた。……」

『各時代の希望上巻』117-118
「天からの声は、イエスを永遠なる神のみ子と宣言した。イエス が嘆願者としてひざまずき、涙ながらに天父の是認を懇願しておられるのを見て、ヨハネは深く感動した。 神の栄光がイエスをとりかこみ、天からの声がきこえた時、ヨハネは神が約束しておられたしるしをみとめた。 自分がバプテスマをさずけたおかたが世のあがない主であることを彼は知った。聖霊がヨハネの上にくだった。彼は手をさしのべてイエスを指さし、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」と叫んだ(ヨハネ1:29)。聴衆の中のだれも、またこのことばを語った彼自身さえ、『神の小羊』というこのことばの重大な意味をみとめていなかった。」

『各時代の希望下巻』270
「彼は、イエスが病人をいやし、罪をゆるされたことなど、イエスについて聞いたことをみな心に思い起こす。彼は、イエスを信じて泣きながらついてきた人たちのことばを聞いた。彼は、救い主の頭上の罪状書きを見て読んだ。彼は、通りかかりの人たちが、ある者は悲しみにふるえる唇で、ある者はやじとあざけりをもってその罪状書きを読むのを聞いた。聖霊は彼の心を照らし、すこしずつ証拠の鎖がつながる。打たれ、あざけられ、十字架にかけられているイエスのうちに、彼は、世の罪をとり除く神の小羊を見る。」

『各時代の大争闘下巻』222
「天の聖所は、人類のためのキリストのお働きの中心そのものである。……天の聖所における、人類のためのキリストのとりなしは、キリストの十字架上の死と同様に、救いの計画にとって欠くことのできないものである。」

『各時代の大争闘下巻』140-141
「天の聖所におけるキリストのとりなしがやむとき地上に住んでいる人々は、聖なる神の前で、仲保者なしに立たなければならない。……天で調査審判が行なわれ、悔い改めた罪人の罪が聖所から除かれているその間に、地上の神の民の間では、清めの特別な働き、すなわち罪の除去が行なわれなければならない。……この働きが成し遂げられると、キリストの弟子たちは、主の再臨を迎える準備ができるのである。」

『各時代の大争闘下巻』433
「この世においては、われわれは、贖いという驚嘆すべきテーマについてほんの初歩のことしか理解できない。……キリストの十字架は、永遠にわたって、贖われた者たちの科学となり歌となる。」