まず神の国と神の義を求めよ

*霊感の言葉*

祝福の山121-122
まず、神の国と神の義とを求めなさい
そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう」(ルカ12:30、マタイ6:32、33 )。わたしはあなたがたに、愛と義と平和の国を明らかにするために来たのである。心を開いてこの国を受け入れ、そのために尽くすことを第一のこととしなさい。これは霊の国ではあるが、この世の生活の必要がかえりみられないのではないかと恐れるには及ばない。あなたがたがみずから神の奉仕にささげるなら、天でも地でもすべての権力を持っておられる方が、あなたがたの必要を満たしてくださるのである。

イエスは、わたしたちが努力をしなくてもよいようにしてくださるというのではなく、すべてのことにおいて、イエスを最初とし最後とし最上とするようにと、教えておられるのである。わたしたちは、自分の品性と生活において、イエスの義が完成されるのを妨げるような事業や勤めにたずさわったり、あるいはそうした楽しみを求めたりしてはならない。わたしたちのすることは何であれ、主に対してするように心からしなければならない。

イエスは地上に住んでおられた時、神の栄光を人々の前にあらわし、またすべてを天父のみこころに従わせることによって、あらゆる点において人生を尊ばれた。わたしたちもその模範に従うなら、この世の生活で必要なものはすべて「添えて与えられる」と、イエスは約束しておられる。たとえ、わたしたちが貧しくても豊かでも、病気であっても健康でも、また無知な者であっても知恵ある者であっても、すべては神の恵みの約束のうちに備えられているのである

どんなにかよわい魂でも、神に助けを求めてすがるならば、神は永遠のみ腕をもって、いだいてくださるのである。金銀は滅びるが、神のために生きる魂は神とともにながらえる。「世と世の欲とは過ぎ去る。しかし、神の御旨を行う者は、永遠にながらえる」(Ⅰヨハネ2:17)。

1希望132
われわれの唯一の質問は、神のご命令は何か、神の約束は何かということである。これがわかれば、われわれはそのご命令に従い、その約束に信頼するのである

国と指導者上211
神がみ子という賜物によって買い取られた人々に対する神の関係をもっと深く悟り、この地上における神の働きの前進に対して、もっと大きな信仰を持つことが、今日、教会の大きな必要である。だれひとりとして目に見える資源の乏しさを嘆いて、時間を浪費してはならない。外見は有望ではないかもしれないが、活動と神に対する信頼は、資源をつくり出すのである。神は感謝と祝福を祈り求めつつ神に献げるものを預言者のともがらや疲れた群衆に与えられた食物を増し加えられたように増し加えてくださるのである。