あきらめない愛

*霊感の言葉*

初代文集112
「もしわれわれが、サタンの誘惑に圧倒されて負けるならば、われわれは弱くなり試練の報賞も受けず、次の誘惑に対する準備もよくできないのである。こうして、われわれは徐々に弱くなり、ついにサタンの思いのままに捕虜にされてしまう。われわれは神の武具をすべて身につけて、いつでも暗黒の勢力と戦う用意がなければならない。誘惑や試練が襲ってくる時に、神の所に行き、熱心に神に祈り求めよう。神は、われわれに何も与えずに去らせることをせず、われわれに、勝利するための、そして敵の力を打ち破るための、恵みと力とをお与えになる。ああ、すべての者がこれらのことの真相を知り、イエスのよい兵卒として困難を耐え忍んでほしいものである。その時、イスラエルは、神にあって力強く、神の勢いによって前進するのである」。

イザヤ書41:10
「恐れてはならない、わたしはあなたと共にいる。驚いてはならない、わたしはあなたの神である。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わが勝利の右の手をもって、あなたをささえる」。

 Ⅰヨハネ4:10
「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある」。

 患難から栄光へ下巻176
「救いを得る仕事は協同組合のようなもの、すなわち、共同作業である。神と悔い改めた罪人との間に協力がなければならない。これは品性における正しい原則を形成するのに不可欠である。人は完全を目指すにあたって、妨げとなることを克服するよう、ひたすら努力しなければならない。しかし、これを成功させるために全く神により頼むのである。人間の努力だけでは不十分である。神の力に助けられなければ全く効果がない。神が働かれ、また、人も働くのである。誘惑に抵抗するのは人の仕事であり、そのための力を神からいただくのである。一方には無限の知恵と憐あわれみと力があるが、他方には、弱さ、罪深さ、全くの無力さがある」。

 各時代の希望上巻4-5
「神は愛の奉仕だけを望まれる。愛を命令することはできない。……愛は愛によってのみ目覚めさせられる。神を知れば神を愛するようになる」。

ヨハネ15:5
「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである」。

各時代の大争闘下巻434
「限りない知恵を持っておられる神は、われわれの救いのためには、み子の死よりほかに方法を考え出すことがおできにならなかった。この犠牲に対する報いは、きよく幸福で不死の身となって贖われた者たちを、地に住まわせるという喜びである。救い主が悪の権力と戦われた結果は、贖われた者たちに与えられる喜びであり、永遠にわたって神にみ栄えを帰することである。魂にはこのように大きな価値があるので、天父は、払われた価に満足される。そして、キリストご自身も、その大きな犠牲の実をごらんになって満足されるのである」。

詩篇118:8-9
「主に寄り頼むは人にたよるよりも良い。主に寄り頼むはもろもろの君にたよるよりも良い」。