補遺1 救い主イエス・キリストの予型と実体

はじめに

世界には、偉人や聖人として崇められている人が少なくありませんが、そのなかでもキリストは、世界三大聖人の一人として、よほど傑出した存在とみられている、その理由はなんでしょうか。
誰もが認める理由としては、彼が人類の救い主とされていることではないでしょうか。しかし、救い主といえば、何もキリストだけではなく、お釈迦さまも(阿弥陀仏として)世の救い主とされているのではないでしょうか。たしかに、日本人の多くはそのように理解し受けとっているはずです。
しかし、仏は果たしてほんとうに救い主なのでしょうか。仏教学者の説明によると、仏とは、もともと悟りを開いた人間のことだというのです。悟りを開いた人というのは、迷いや悩みがなくなって、苦しみから解放され、自由と安心の境地に到達した人のことです。いわば人間として理想の状態となり、完成された人格者という意味なのです。しかもそれは、もっぱらその人個人にかかわることがらであって、他の人の救いに直接関係することではないはずです。。
もちろん仏教も、自分だけ救われれば、それでよいというわけではなく、これをなんとか他の人にもおよぼしたいという気持ちはあるわけです。そのため、自分以外に自分を超えた仏の存在というものを立てる必要が生じ、その結果、最初に悟りを開いたお釈迦さまを、さらに昇華した形の阿弥陀仏というものを立てて、これを救い主として仰ぐようにと、説くようになったのです。
しかし問題は、その阿弥陀さまという仏が、ほんとうに存在するのか、それは実在するものなのか、どうなのかという点にあります。
阿弥陀という名称は、もともとアミタ・アーバ(無量の光)とアミタ・アーユス(無量の命)という、二つの抽象的理念を合わせて一つにしたものであって、これは非人格的な概念なのです。それを擬人化することによって人格的な存在のように説いていますが、それはどこまでも方便として、そのように説いているということなのです。

ですから、阿弥陀さまというのは、じっさいに存在する、いわゆる人格的実在者ではけっしてないのです。人格的実在者でないのなら、それは架空の存在ということになり、そうであれば、当然、世の救い主でありうるわけはないということになります。
なかには、それならキリストだって同じではないかと言われる方があるかも知れません。キリストは確かに、歴史上に実在したお方にはちがいないとはいえ、それはお釈迦さまも同様で、両者のあいだに何の相違もないはずだということなのでしょう。
しかし、お釈迦さまを世の救い主とするためには、その本体としての阿弥陀仏という者を立てて、これを説かなければならなかったわけですが、問題は、そのお釈迦さまの本体とされる阿弥陀さまは、たんなる架空の存在にすぎないという点にあります。
これに対して、キリストはどうか。よくキリストはその本質において神であるとか、永遠の実在者である父なる神から、この世に遣わされた救い主であるとかいうけれども、それは人間がそのように願望し、期待し、信じているにすぎないのではないのか。もしそうであれば、キリストが神であるとか救い主であるとかいっても、それはやはり架空のもの、観念的な存在にすぎず、実在の神、実在の救い主とは、かならずしも言えないのではないかとおっしゃる方がないとはいえません。
阿弥陀仏が架空の存在(方便仏)であることは、仏教学者のほとんどがみな一様に認めておられるところです。
が、しかしキリストが神であり救い主であるというのは、たんなる抽象的理念とか架空の方便的存在とかいったものではけっしてないのです。キリストが歴史上に実在されたお方であることは、釈迦と同じであるとしても、この方がたんなる人間にとどまらず、人間を超えた存在、すなわち神にちがいないということは、福音書を熟読された方ならどなたもみな認めざるをえないことなのです。彼の高潔な御品性、卓越した教説、彼の行なわれた奇跡の数々、ことに十字架後の復活というできごとなどは、これまさに、彼が神であり、救い主であるということの何よりの証拠といってよいでしょう。
しかも、これらのことは、天の神が人類救済のために、世の初めからお立てになっていた遠大な救いのご計画の具現化であり、これはそのシンボル的なものであったのです。
いったい、神が人類救済のために立てておられる救いの計画というものについて、それが事実であるとどうしてわかるのか、それは神の子イエスがお語りになった教えにより、また神の啓示の言葉である聖書によって知ることができます。とはいえ、これはイエスが神であることを信じ、聖書が神の霊感によって書かれた神の言葉であることを信じることのできる人にとっては、意味のある話であっても、クリスチャンではない一般の方々にとっては、仏教の阿弥陀さまの救いや、極楽浄土の教えとあまりかわらない、似たり寄ったりのものとしか受け取れないのかもしれません。

だが仏教の場合、阿弥陀仏の実在や、極楽浄土の存在を、どうやって立証できるのかといえば、それは信じるよりほかにはないというのが、その答えになると思います。あえて学者や高僧にそのお答えを求めるなら、それは観念の世界のこと、という説明になると思います。これをもっとわかりやすくいえば、「阿弥陀さまも極楽浄土も、あなた方ひとりひとりの心の中にあるのです」という答えになるはずです。
これに対して、キリスト教の場合、キリストを救い主とする神の救いの計画は、単なる口約束、または方便や観念の世界(心の中に存在する)というものではなく、客観的に実在するものであることが明確に示されているのです。すなわち、それは預言とその成就、また予型とその実体、というかたちで、歴然たる事実であることが確証されているのです。
では、その確証とはどのようなものなのかについて、以下具体例を挙げて説明してみたいと思います。

キリストはどういう経緯や順序によって救いのわざを成し遂げられるのか?

  1. まずキリストは神であられたが、われらの救いのために、人間の姿をとってこの世にお現れになった。
  2. キリストは、一労働者の家に生まれ、生きる苦しみ、悲しみ、悩みのすべてを体験し、悪魔の誘惑にも勝利された。
  3. キリストは、神の救いのご計画を弟子たちに告げ知らせ、また民衆にも譬えを用いてお教えになった。
  4. キリストは、その救いの計画を成し遂げるために、神から遣わされた救い主であることをお告げになった。
  5. キリストは、人類の罪に対する神の刑罰を、われらに代わって受けるため、十字架にかけられて殺されることになるということ、しかもそのあと復活することについても、繰り返し弟子たちに予告された。
  6. キリストは、追っ手である祭司や暴徒たちの手から逃れようとはなさらず、ご自分から進んで捕らえられ、十字架にかけられて殺された。
  7. キリストは、かねてから予告しておられたとおりに、十字架の死後、三日目に死を滅ぼして復活された。
  8. キリストは、復活後四十日の間、たびたび弟子たちに現れて、復活の証拠をお示しになり、その後弟子たちの見ている前で、天に挙げられ、この地上からは姿が見えなくなった。
  9. キリストは、天においていま何をしておられるのかといえば、この世界は神によって裁かれつつあるが、キリストはわれわれ罪人のために執り成しの働き(弁護士としての役割)をしておられるという。そのことは、ヘブル書にかなり詳細に説明されている。
  10. キリストは、やがてこの執り成しの働きを終えられると、その結果、罪を赦されて救われる人々を、神のもとに迎えるため、再びこの地上に戻ってこられる。これを再臨という。
  11. キリストは、再臨の時に、この世の支配権をサタンの手から奪い返し、キリスト自らがこの世の王となられて、永遠に支配される。これを新天新地という。かくて、神の救いのみわざは完成し成就される。

以上は、イエスが神の救いの計画を成し遂げるために、はじめから父なる神のみ旨の通りに行動されたことを示しています。そしてその結果、われわれ人間の救いがまちがいなく達成されることになっていたのです。
それはたしかに、われわれ人間にとって、だれもがそうあってほしいと願わずにはいられないすばらしい救いのみわざにちがいない。しかし、それとてもしょせんは、人間のたんなる一方的願望、またひとりよがりの勝手な期待にすぎないのではないのか、といわれる方があるかもしれません。問題はそうでないというたしかな根拠、また確証があるのかどうかです。
それは、神の救いの計画が、キリスト降誕前に書かれた旧約聖書に、前もってその設計図として書き記されていたことです。いや、それはたんなる図面というだけではなく、もっと立体的な形のもの、いいかえますと模型のようなものが造られて、この地上に設置されていたのです。それが神の聖所(のちの神殿)であり、そこでの儀式や奉仕です。
これらは、キリストによる救いのご計画の縮図であり、また救いのみわざの、いわばリハーサルのようなものでもあったのです。

神の救いの計画の予型また縮図としての聖所

キリスト降誕の約一五〇〇年前、神の選民イスラエルの民は、ある事情から四〇〇年もの長い間奴隷となっていたエジプトから、モーセによって救い出されました。そして、神の約束の地カナンに導かれていき、そこにイスラエル国家を造ったのですが、このこと自体が神の救いの計画の予型であり、縮図となっているのです。
すなわち、神の選民イスラエルは、救われて天国の住民となる人々の予型です。彼らが奴隷とされていたエジプトは、サタンの支配下にある罪のこの世の縮図であり、神が彼らに約束されたカナンの地は、われらが目指す天国の象徴です。
そして、エジプトからカナンまで、彼らは四〇年ものながいあいだ、荒野のさすらいの旅をつづけていたのですが、これはわれわれがこの世から救い出されて、天のみ国に入るその日までの、信仰の旅路を象徴しています。
ところで、エジプトを脱出してカナンに向かう途中、彼らはシナイ山の麓まできたとき、神のお示しにより、モーセの指図によって、彼らは神と会見する場所として聖所というものを造りました。
「主はモーセに言われた、『また、彼らにわたしのために聖所を造らせなさい。わたしが彼らのうちに住むためである。
すべてあなたに示す幕屋の型および、そのもろもろの器の型に従って、これを造らなければならない』」(出エジプト記二五ノ一、八、九)。
これは、会見の幕屋とも呼ばれ、神はここを民と会見される場所とされたのです。しかし、それと同時に、この聖所の構造、また、そこでの奉仕者、ならびに奉仕のはたらきの一つ一つは、神の救いの計画、および救いのみわざの意味を、民に教えるための視覚教材となっていたのでした。
ではまず、その聖所の構造の概略を見てみることにしましょう。
聖所の周囲に、境界を示すための幕が張りめぐらされていました。長さ五四メートル、幅二七メートル、これを幕屋と呼び、東側が入り口になっていました。そこから中に入ると、庭の手前に生け贄を捧げる祭壇があります。その先に洗盤があります。さらにその奥に聖所が設けられていました。
聖所は、厚い皮の垂れ幕で、前後二つに仕切られており、前を聖所と呼び、後ろを至聖所と呼びました。聖所の大きさは、全長約一六・二メートル、幅約四・八メートル、これは彼らが旅の途中でしたので、折り畳んで移動できるように造られていました。(神の約束の地カナンに入ってからは、本建築の神殿を建てています)。
前の聖所には右側にパンを供える机があり、左側には燭台がありました。前の聖所と奥の聖所とを仕切る、垂れ幕の前に香壇が置かれていました。垂れ幕の奥は、至聖所と呼ばれ、そこには,十戒の石の板二枚を納めた契約の箱がありました。
では、これらは何を象徴し、どんな意味を持つものであったのでしょうか。
まず、聖所の境界を示すために張りめぐらされた幕、これは世界全体を象徴するものと考えることができましょう。幕屋の庭の手前にある祭壇は、神を信じた人が自分を神に捧げること、すなわち献身を象徴しています。
その先にある洗盤は、身を清めるための水槽であり、これは罪のゆるし、清め、生まれ変わりを象徴していると同時に、パプテスマの予型ともなっています。
さらにその奥に設けられている聖所は、神の宮(教会)の象徴です。
では、聖所の内部はどうなっていたかといいますと、前の聖所には、右側にパンを供える机がありましたが、このパンは霊の糧となる神の言葉を象徴しています。左側の燭台は、神の聖霊による真理の光を象徴しています。香壇は祈りの象徴です。
すなわち、神の民は、神の言葉によって養われ、祈りによって神と交わり、それによって、世に真理の光を輝かす者とならねばならないことを、図にして教えているのです。
至聖所に安置されている契約の箱は、神の臨在を象徴しており、聖所と至聖所を隔てている垂れ幕は、神と人とを隔てている、われわれ人間の罪と堕落、また神への背き、神との離間を象徴しているように思われます。

旧約時代この聖所においてどのような儀式・奉仕が行なわれていたのか

ではここで、誰がどんな奉仕をしていたのでしょうか。そして、それにはどんな意味があったのでしょうか。
まず、祭司は毎日朝晩一頭の羊を殺し、これを祭壇で焼き、生け贄として神に捧げていました。これはイスラエルの民が犯した罪を赦していただくためのものでした。祭司は、その羊の血を壷に入れ、その血を携えて聖所に入り、香壇にその血を振りかけます。そうすることによって民の罪が生け贄の動物の血によって赦され、清められていたのでした。
ところで、これらの奉仕、また儀式は、どこまでも神の救いの計画の予型であり、象徴であったのですが、特に注意すべきは、年に一度、ユダヤ暦の七月一〇日におこなわれた聖所の清めという奉仕です。この日には二頭の山羊が連れてこられます。一頭はキリストを、もう一頭はサタンを代表するものとされていました。
まず、キリストを代表する山羊が屠られ、祭壇で焼かれます。大祭司はその血を携えて、この日は特別至聖所に入り、罪の清めという儀式をおこないます。すなわち、契約の箱の上に設置されている贖罪所に血を注ぎます。そのあと大祭司は、それまで一年間、聖所に満ちていた民の罪を一身に負い、至聖所から出てまいります。そして、そこに残されているもう一頭の山羊の頭に手を置き、その山羊の上に聖所から担ってきた罪を移します。
それから、その山羊は無人の荒野に曳いて行かれ、そこで放逐されます。これは、サタンが世のすべての罪の責任をとらされるかたちで、永遠に滅ぼされることを象徴的に示しているのです。
これまで述べたことの要点を箇条書きにして示すと次のようになります。

生け贄の小羊は、十字架にかけられて殺されたキリストの予型・象徴

生け贄の血は、キリストが十字架上で流された血の予型、いいかえればキリストの命の象徴。
生け贄の血を、香壇また契約の箱の上の贖罪所に注いだのは、キリストの身代わりの死による罪の赦しを象徴。
祭司・大祭司は、罪人を神の前で執り成してくださる、仲保者キリストの予型・象徴。
キリストは生け贄の羊の予型であると同時に、また執り成し者である真の大祭司キリストをも象徴。いわば、一人二役の予型・象徴。

さらにもう一つ、年に一度、七月一〇日の贖罪の日は、宇宙から罪が一掃されるときを象徴しており、この日イスラエルの民は、聖所の周りに集まって断食をし、罪の懺悔と、たがいに罪の告白をおこなっていました。
これは、天の神が前もって定められていた時に、世界的審判が開始されることを象徴的に示しているのです。
そのときに、キリストを救い主として信じ、受け入れていた人は、すべての罪が赦され、救いが決定されます。しかし、キリストの身代わりの死をみとめず、キリストのもとに来ようとしない人は、みずからの罪を裁かれて永遠の滅びが決定し、サタンと運命を共にすることになるのです。
ところで、大祭司が聖所から出てくるとき、これはキリストが天からこの地上に降って来られる時、すなわち再臨のときの予型となっています。
そして、そのときにキリストは、アダムとエバがサタンに横領されていたこの世の支配権を、サタンの手から奪い返し、キリスト自らが新しい世界の王となられて、神のみ旨が完全に行なわれる永遠の神政統治がはじまることになるのです。

もう一度申しあげますが、これはキリストがお生まれになる約一五〇〇年も前に制定された、聖所の儀式と奉仕であったのです。これらすべては、救いの計画の模型であり、救い主キリストの予型・象徴であったのです。そして、これは人類の救いについての預言であり、それと同時に、神の確かな救いの約束ともなっていたのです。
神の選民イスラエルの民は、この儀式や奉仕をおこなうことによって、いわば視覚教材を用いての教育がなされていたわけですが、それにもかかわらず彼らは、旧約時代に示されていた予型また預言の成就であるキリストを、それとして認めようとせず、受け入れようとはしませんでした。なぜなら、待望していた救い主が、王ではなく僕の姿であったからです。そのため彼らは、期待外れからついに、これを拒み退け、十字架に架けて殺してしまったのでした。この民族が神の選民としての特権を失い、亡国の民となったのは、そのためであったのです。
しかし、われわれはこれを人ごとと考えていてはなりません。今日も多くの方々がキリストにたいして、かつてのユダヤ人と同じように、彼を無視し、十字架のイエスに対して無関心の態度をとりつづけています。
イエスはこのように警告しておられます。
「あなたがたに言うが・・・あなたがたも悔い改めなければ、みな同じように滅びるであろう」(ルカによる福音書一三ノ五)。

旧約時代の聖所の儀式や奉仕の予型が、新約時代にどのように実現したか

では、旧約聖書に記されている、聖所の儀式や奉仕が意味していたことが、新約時代になって、どのように実現し成就しているかを、新約聖書の記述によって確かめてみたいと思います。

一、パン―聖所の右側にパンの机があり、イスラエル一二部族を示す一二個のパンが供えられていましたが、これは何を象徴していたのでしょうか。イエスは言われました。
「わたしは命のパンである。・・・それを食べる者は、いつまでも生きるであろう。わたしが与えるパンは、世の命のために与えるわたしの肉である」(ヨハネによる福音書六ノ四八,五一)。

二、燭台―聖所の左側に燭台があり、聖所の中を照らしていました。これは何を示していたのでしょう。
「わたしは世の光である。わたしに従って来る者は、やみのうちを歩くことがなく、命の光をもつであろう」(ヨハネによる福音書八ノ一二)。

三、香壇―垂れ幕の前に置かれていた香壇について、ヨハネはこう記しています。
「香の煙は、御使の手から、聖徒たちの祈りと共に神のみまえに立ちのぼった」(ヨハネの黙示録八ノ四)。

四、羊―まいにち朝晩聖所の祭壇で屠られ、焼かれて、神に捧げられていた羊、これは十字架のキリストの型であったことは、つぎのことでわかります。
イエスが公生涯にお入りになるにあたって、彼はバプテスマを受けるためヨルダン川にやってこられました。そのとき、預言者ヨハネはこれを遠くから認めて、そこに集まっている群衆に注意を促し、こう叫んでいます。「ヨハネはイエスが自分の方にこられるのを見て言った『見よ、世の罪を取り除く神の小羊』」(ヨハネによる福音書一ノ二九)。
これは預言者ヨハネが、キリストを見てこの方こそ、遠い昔から先祖たちが聖所において、生け贄として神に捧げていた小羊、まさに、あの小羊によって、「預言的に象徴されていた救い主である」と認めたことを示しています。

五、血―祭司は生け贄の血をたずさえて聖所に入り、香壇または契約の箱に注いだのですが、この血は、キリストが十字架の上で流される血を示しており、それはキリストの命を表していました。
イエスは、この地上における最後の過越節の晩餐の席上、次のように言われました。
「また杯を取り、感謝して彼らに与えて言われた、「みな、この杯から飲め。これは、罪のゆるしを得させるようにと、多くの人のために流すわたしの契約の血である」(マタイによる福音書二六ノ二七)。「よくよく言っておく。人の子の肉を食べず、また、その血を飲まなければ、あなたがたの内に命はない。・・・わたしの血を飲む者には、永遠の命があり、わたしはその人を終りの日によみがえらせるであろう」(ヨハネによる福音書六ノ五三、五四)。

六、大祭司―聖所の奉仕は、祭司・大祭司によっておこなわれていたが、これは何を示していたのでしょうか。
それは、イエスがわれわれ罪人のために、いま父なる神のみ前で執り成しのつとめをなしておられる、仲保者キリストの模型であったのです。
「以上述べたことの要点は、このような大祭司がわたしたちのためにおられ、天にあって大能者の御座の右に座し、人間によらず主によって設けられた真の幕屋なる聖所で仕えておられる、ということである」(ヘブル人への手紙八ノ一、二)。
「しかしキリストがすでに現れた祝福の大祭司としてこられたとき、手で造られず、この世界に属さない、さらに大きく、完全な幕屋をとおり、かつ、やぎと子牛との血によらず、ご自身の血によって、一度だけ聖所にはいられ、それによって永遠のあがないを全うされたのである」(ヘブル人への手紙九ノ一一、一二)。
「さて、わたしたちには、もろもろの天をとおって行かれた大祭司なる神の子イエスがいますのであるから、わたしたちの告白する信仰をかたく守ろうではないか。・・・だから、わたしたちは、あわれみを受け。また、恵みにあずかって時機をえた助けを受けるために、はばかることなく恵みの御座に近づこうではないか」(ヘブル人への手紙四ノ一四、一六)。

これで、はっきりしたと思います。キリストは神であられたのに、人の姿でこの世に現れ、罪との戦いに完全に勝利され、この地上で、人間として罪も傷もない完全な者となり、父なる神に受け入れられるに足る、ただひとりのお方となられたのでした。
そのお方がわれわれ罪人に代わって、罪に対する神の刑罰を受けて死なれたのです。このキリストの身代わりの死によって、われわれ自身は、自分の罪にたいする刑罰を免除され、永遠の命を救いとして与えられることになるのです。
しかも、このキリストは、十字架の死後三日目に、墓を破って復活され、現在天の聖所において、われわれ罪人のために、父なる神のみ前で、執り成しのつとめ(弁護のはたらき)をなしておられるのです。
これが神の救いの計画であり、それは神の救いのお約束でもあって、この約束はまちがいなく果たされ、やがての日に、われらの救いは全うされることになるのです。これは、それを保証するものであり、その確証となるものなのです。
日本人の多くは、キリストによる救いというものを、阿弥陀さまによる救済と同じようなものと思っているようですが、阿弥陀様は理念仏であり、それは幻想的な架空の存在にすぎません。これに対して、キリストによる救いというのは、単なる人間の側の一方的な願望や期待の投影といったものではなく、この救いは、神が計画し、神が進めておられる客観的事実であることが、これまでの説明であきらかになったと思います。
すなわち、これまで述べてきた旧約の予型や象徴が、新約時代になって、それらすべてが実体として、歴史上に実現をみているということです。そして、それによって神の救いの計画というものが、だれも否定できない確かな事実であることが立証されているのです。
ですから、このことによってわれわれは、キリストが神から遣わされた救い主であることを、何の疑いもなく、信じ受け入れることができるわけなのです。

旧約の諸祝祭日は何を意味していたのか?

ではこのことを、さらに別の面からも見てみることにしたいと思います。それは旧約時代に行なわれていた、祭日なり民族的式典が、やはりキリストの預言であり、神の救いのみわざの予表であったという、そのことを示す、まことに驚くべき事実についてです。

一、過越節(ユダヤ暦一月一四日=陽暦の三、四月)
これはエジプトに奴隷となっていたイスラエルの民を、エジプトの王パロは、なかなか解放しようとしませんでした。そのため神はエジプトに十の災いを降されたのですが、その最後の災いは、天使によって長子を撃ち殺すという世にも恐ろしい災いでした。
ただし、神はそれと同時に、この災いから逃れる途をもお示しになっていたのです。それは、羊を殺して、その血を家の入り口の柱と鴨居に塗り、戸を閉じて外へ出ないようにせよ、というものでした。
これに対して、イスラエルの民はみなこの指示に従いましたが、エジプト人は、この警告と指示を無視してだれもこれに従いませんでした。その晩、災いを下す天使があらわれ、戸口に血を塗ってある家の前を過ぎ越し、血を塗っていない家に押し入って、災いを下し、長子を撃って殺したのでした。
こうして、神のお与えになった救いの手立てを無視し、これに従わなかったエジプト人の間に、襲ったわざわいによって大いなる嘆きが起こりましたが、イスラエルの民には、災いが及ばなかったばかりか、それによって無事エジプトから脱出することができたのでした。
これを機に彼らは、この過ぎ越しによる救いを記念するため、これを国家的祭典としたのでした。そしてこれは、われわれもまたキリストを信じるなら、彼が十字架上で流された血によって、すべての罪を赦され、罪の結果としての滅びから救われることになるということを、予型によって指し示していたのです。
ですから、新約聖書には、このキリストについて「過ぎ越しの小羊であるキリスト」とあります。(コリント第一の五ノ七)。

二、初穂の揺祭(ユダヤ暦の一月一六日)
過ぎ越し節の翌日、初穂の祭りが行なわれました。この初穂は、そのあとつづいて一斉におこなわれる刈り入れの麦を代表するものとして、神の前にそれを揺り動かす、揺祭という儀式がおこなわれたのでした。このときには、人間も初子(代わりに生け贄)が、動物は初子が神に捧げられました。
これは何を意味していたのでしょうか。キリストは十字架の死後三日目に復活されましたが、聖書にはこのキリストの復活について「キリストは眠っている者の初穂として、死人の中からよみがえったのである」と記されています。(コリント第一の一五ノ二〇)。
これはあきらかに、キリストの復活を予表するものであったのです。

三、五旬節(初穂の祭りから五〇目の祭=陽暦の五、六月)
これは、ギリシャ語で「五〇日目の祭日」を意味するペンテコステとも呼ばれていましたが、この日は、神殿にパンが二個初物として捧げられました。これには次のような意味がこめられていました。すなわち、聖書にはキリストが復活して四〇日目に昇天されたと記されていますが、それから一〇日目に天から聖霊が降り注いだとあります。これを教会はペンテコステの聖霊降下と呼んでいます。(使徒行伝一ノ一四、二ノ一)。
初穂の祭りから数えて、ちょうど五〇日目に、それが起こったのです。なんと不思議なことではありませんか。

四、ラッパの祭(七月一日=陽暦の九、一〇月)
これは新年祭ともいわれ、ラッパの吹奏によって人々に告知されたのでした。殊に七年を七回繰り返したその翌年、第五十年目には、それまで人手に渡っていた奴隷も、土地も、借金も、全部無償で戻って来たのでした。これはヨベルの年といって、イスラエルの民にとってはまさに、自由解放の年であったのです。
これらもすべて、予型であったとすると、では新約の時代において、これがどんな形でその成就をみているのでしょうか。歴史を見てみますと、中世の終りに宗教改革が起こり、キリストの再臨運動というものが起こって、罪からの解放を告げ知らせるための宣教活動が、活発に展開されています。

一五一七年マルチン・ルターによる宗教改革
一七二二年聖書のドイツ語訳が出る
一七九三年外国宣教が始まる(ウイリャム・カレーがインドに宣教師として派遣)
一八〇〇年英国聖書協会設立
一八一二年中国への宣教(モリソン)
一八一六年米国聖書協会設立
一八一七年アフリカへの宣教(モハット)
一八四四年アメリカにキリストの再臨運動が起こる
一九一八年日本においても、ひろく一般世人がキリストの再臨のメッセージを耳にするようになったのはかなり遅れますが、内村鑑三と中田重治の二人によって起こされた再臨運動によります。
同年一一月には、内村氏の「基督再臨問題講演集」が出版されています。

五、贖罪の日(七月一〇日=陽暦の一〇月二二日)
このラッパの祭を合図に、七月一〇日には贖罪の日と呼ばれる聖所の奉仕がおこなわれていました。これは神による調査審判の開始を意味しています。
この審判開始の年代は一八四四年ですが、これを理解するためには、預言の研究が必要ですので、ここでは説明を省略させていただきます。

六、仮庵祭(七月一五日=陽暦の九、一〇月)
この日イスラエルの成人男子は、神殿に詣でることが求められていました。周辺に木の枝でこしらえた仮小屋を建て、そこで一週間過ごします。これは収穫の終りを記念すると同時に、出エジプト以来四十年の放浪の旅の終りを記念するものでもありました。
そして、これは予型として、なにを意味していたかといえば、贖罪の完成による救霊の大収穫を喜び祝う日のくることを示していたのです。
同時にそれは、ヨハネの黙示録一四ノ一四〜一六の成就を指し示すものでもあったと思われます。
「また見ていると、見よ、白い雲があって、その雲の上に人の子のような者が座しており、頭には金の冠をいただき、手には鋭いかまを持っていた。すると、もうひとりの御使が聖所から出てきて、雲の上に座している者にむかって大声で叫んだ、『かまを入れて刈り取りなさい。地の穀物は全く実り、刈り取るべき時が来た』。雲の上に座している者は、そのかまを地に投げ入れた。すると、地のものが刈り取られた」。
とくに、仮小屋の生活は、再臨のキリストを待っているクリスチャン生活の予型、すなわち、この地上における寄留者としての生活を終え、天に携え揚げられるのを待つ姿の象徴とされています。

七、第八の祝日(七月二三日=陽暦一〇、一一月)。
これは、定められた年間祭儀の終結を祝うおまつりです。
以上述べてきたことは、かなり複雑ですので、頭の中で整理するのは容易ではないかも知れません。そこで、これまで述べた事柄を簡略な表にしてみますと、つぎのようになります。

旧約の儀式祭典に示されていた表象(年間行事)——新約の歴史上にみられる成就(新約時代全体)
1、過越節(一月一四日夕・陽暦の三、四月)————キリストの十字架の死
2、初穂の祭り(一月一六日・陽暦の三、四月)———キリストの復活
3、五旬節(初穂祭から五〇日目・陽暦五、六月)——ペンテコステの聖霊降下
4、ラッパの祭り(七月一日・陽暦の一〇月)———再臨運動・海外宣教開始
5、贖罪日(七月一〇日・陽暦の一〇月二二日)——神による調査審判開始
6、仮庵の祭り(七月一五日・陽暦の一一月)———救霊の収穫・キリストの再臨、天への携挙
7、第八日祝日(七月二三日・陽暦の一一月)———地上の旅路が終り、地上の冬千年期が始まる。

キリスト降誕の一五〇〇年も前に制定された祭典が、キリスト降誕後に実体として成就し、予型の一つ一つが、歴史上に実体としてその通りに実現しているのです。
神の救いのご計画について、これだけの証拠が与えられており、しかも、それが歴史上に明白に成就し、実現しているさまざまな事実によって確証されているのです。ですから、やがて神の前に立たされて、各自救いの備えに関し、神から弁明を求められるとき、「わたしはそんなこと知らなかった」あるいは「知ってはいたが、確信がもてなかった」などといった言い訳が、はたして神に認めてもらえるものかどうかです。
しかし、世には聖書の教えについて、まだまったく知る機会のなかった人がおられるのも事実です。けれども、みなさんはこれだけのことをすでに示され、それをお知りになったわけですから、この事実をしっかりと受け止めて、積極的にこれに対応なさることが必要と思います。
そうなれば、毎年かならずめぐってくるクリスマスも、これまでとはちがった意味と無量の感慨をもって、これを迎えることがおできになるにちがいありません。
神が実在し、その神が、実はかつて人間の姿でこの地上にお現れになり、実際に歴史上の生活をされたということを知ることは、なんという驚きでしょうか。
しかもその神が、われわれのために救いの計画を立てておられ、それをこの歴史上に、着々と押し進めておられることを知ることはなんという慰め、また励ましではないでしょうか。
救い主キリストは、十字架の死によって、われわれ罪人の罪を除去し、復活によって罪の結果である死を滅してくださったとは、なんという輝かしい希望であることでしょう。
そうはいっても、現実には罪も死もいまなお存在しています。それを思えば、せっかくの慰めも希望も、虹のように消えてしまいそうな感じになりがちですが、しかし聖書においては、この虹は神の約束のしるしとされているのですから、これは時間の問題であって、やがてまちがいなく実現するのです。
それはキリストの再臨の時です。しかも、そのときは門口に迫っています。

われら、備えやいかに?

要点の確認

  1. 世には救い主と仰がれる者が少なくない。だがそのほとんどは架空の存在にすぎない。例えば阿弥陀仏は命と光の擬人化であって、人格的に実在する救い主ではない。これに対してキリストは神が人なってこの世に現れた実在の救い主である。
  2. キリストが、いまも現に実在する救い主であることがどうしてわかるのか。それは、キリストがこの世に現れるはるか以前から、預言されていたばかりか、その予型となるものが数多く現実に存在していた。それは、聖所とそこでの奉仕(犠牲の動物を捧げる祭司のつとめ)、その他、年間行事の祭儀などである。それらはすべて、神の救いの計画の縮図であり、救い主キリストとそのお働きを指し示すものであった。
  3. 旧約時代、民の罪のために小羊が犠牲として捧げられていたが、そのようにキリストは「世の罪を除く神の小羊」として十字架上で死なれた。
  4. 祭司は動物の血をたずさえて聖所に入り、民の罪の赦しのために奉仕をおこなったように、キリストはいま真の大祭司として、天の聖所でわれら罪人のために執り成しをつづけておられる。
  5. 旧約時代には、聖所において毎日の奉仕のほかに、年に一度、贖罪の日(七月の一○日)に、大祭司は至聖所にはいって聖所の清めという特別の儀式を行なった。これは民にとっては裁きを意味する日でもあった。キリストは一八四四年に、奥の聖所に入られ、聖所の清めという奉仕をおこなっておられるが、これは地上の民にとっては、神の裁きの開始を意味する。
  6. この裁きは、神の民が対象である。これは裁きといっても、それは篩い分けや刑罰が目的ではなく、むしろ、十字架のあがないを神の民一人一人に適用するためのものであり、これによって、神の民の救いが確定されることになるのである。
  7. この働きが終わるとイエスは再臨される。それは、われらを天の家郷に迎えるためである。そして、そのときは目前にせまっている。だがわれわれが、やがての日、天の家郷に迎え入れられるためには、いま、信仰によってキリストをわれらの心にお迎えしていなければならない。イエスはいまも、われら一人ひとりの心の扉を叩いておられる。それに応えて戸を開け、イエスを迎え入れる者を、イエスも神の都に迎え入れてくださるのである。だが、いまイエスを拒み退けるなら、その人は天の家郷、神の住いからも閉め出されるほかはないであろう。

さんびか九四番 

久しく待ちにし 主よ、とく来たりて、み民のなわめを解き放ちたまえ。
主よ主よみ民を救わせたまえや。
あしたの星なる主よ、とく来たりて、お暗きこの世にみ光をたまえ、
主よ主よみ民を救わせたまえや。
ダビデの裔なる主よ、とく来りて、平和の花咲く国をたてたまえ。
主よ主よみ民を救わせたまえや。
ちからの君なる主よ、とく来たりて、輝くみくらにとわに即き給え。
主よ主よみ民を救わせたまえや。

さんびか九七番

朝日は昇りて世を照らせり、暗きにすむ人、きたりあおげ。
知恵に富みたる主世にいでたり、愚かなる人はきたりまなべ。
力にみつる主 世にのぞめり、かよわき人々きたりたのめ。
安きを賜う主 世にくだれり、苦しめる人はきたり受けよ。
救いを賜う主 世に生れぬ、高きも低きもきたりいわえ。
天地しらす主 世にあらわる、よろずの物みな どよみうたえ。