第10課 キリストの地上生涯―その2、公生涯

はじめに

神が人となられたお方であるイエスは、ナザレという村里でお育ちになりましたが、それはふつうの人間と全く同じ状態で生活をなさったのでした。しかも、イエスは幼い頃から、父ヨセフのもとで大工の仕事のお手伝いをしながら、一介の労働者としての生涯をお送りになったのでした。

それにしてもイエスは、救い主としての働きを開始なさるまで三○年ものあいだ、どうしてこのような平凡な普通の生活に甘んじておられたのでしょうか。
一つには、人間としての成熟期はやはり三○歳ということではないかと思われますので、それまで待たれたのかもしれません。しかしこれにはもっとたいせつな意味が秘められていたように思われます。
イエスが人類の救い主となられるためには、次の二つの要件が充たされる必要があったのです。
一つはいうまでもなく、イエスがわれわれ罪人の身代わりとなって、罪に対する刑罰を受けることです。併し、罪人の身代わりとなるためには、その前にアダムの失敗を、アダムに代わって回復する必要があったのでした。いいかえますと、イエスは第二のアダムとして、あらゆる罪に勝利し、清い品性と完全な義の生涯を全うする必要があったのです。
イエスの三〇年にわたる私生涯には、そのような意味と目的がおありになったのでした。

イエスの宣教開始

イエスは三〇歳のとき家を出られ、ヨルダン川でバプテスマをお受けになりました。それから荒野に入っていき四〇日の間断食をされたのですが、そこでサタンの誘惑を受け、はげしい試みに遭われました。しかし、イエスはそれに勝利し、救い主として必要な条件を悉く満たされてのち、宣教の第一声を発せられたのでした。

「この時からイエスは教えを宣べはじめて言われた、『悔い改めよ、天国は近づいた』」(マタイによる福音書四ノ一七)。
天国というのは神の国とも呼ばれているように、神の支配という意味でもあります。最初、神の支配下にあったこの世界は、アダムがサタンの誘惑に負け、その支配に服して後は、ずっとサタンの支配下にあったわけです。しかし、キリストがこの世に降ってこられたとき、いよいよ神の支配がふたたび始まろうとしていたのでした。イエスの公生涯はその具体化にほかならなかったのです。

イエスの宣教開始は、まさに神の支配、すなわち天国到来の宣言にほかなりませんでした。爾来この地上には、目に見える王国と、目に見えない王国とが、二重に複合して存在していることになるのです。しかもやがて近い将来、目に見える王国が廃れ、目に見えない王国がそれにとって代わるときがまいります。それは、聖書に預言されているように、キリストが再びこの地上に来臨されるときにおこることなのです。

しかし、そのためにはどうしても突き破らなればならない壁があり、くぐり抜けなければならない関門があるのです。それは罪という壁であり、死という関門です。それを突き破るものは十字架と復活なのです。すなわち、神の支配のたしかな再現は、この十字架と復活によって可能となるのです。

まず、われわれ人間はイエスの十字架によって罪を赦され、その結果、神の支配に帰ることができるようになります。ついで、キリストが十字架の死後、復活することによって、罪の結果である死が滅ぼされ、サタンの敗北が決定的となりサタンの支配が終りを告げることになるのです。

そこでイエスは、この十字架を見据えて、それに向かって歩を進めて行こうとしておられたのでした。そのために、イエスはまず神の支配、神の国はどのようなものかについて、教えを垂れておられます。これが有名な「山上の垂訓」と呼ばれる説教です。

メシヤ運動が起こる

さらにイエスは、この神の国の王となられるお方であることを示す証拠、またしるしとして、数々の奇跡を行われました。
そうしたことを背景に、イエスに対するメシヤとしての期待が群衆の間で日増しに高まり、国を揺るがすほどの大いなる運動に発展していきました。しかしながら、人びとの期待には重大な誤算というか、思い違いがあったのです。それは、彼らのメシヤに対する期待がこの世的、かつ政治的なものにすぎなかったことです。

神の救いの計画による王国は、神の国のそれであって、この世の王国ではなかったのです。したがって、イエスの目指すものは民衆の期待に逆行するものであったわけです。
イエスはそれを、おりあるごとに人びとに告げ示しておられます。とくに神の国の扉を開く鍵は十字架なのですから、これをイエスは繰り返し予告されたのでした。その予告のいくつかを、これから見てみることにしたいと思います。
イエスは、宣教を開始されてまもなく、当時お祭りの市場と化していた神殿を潔めようとされたのですが、そのさい次のように言われました。

「そこで、ユダヤ人はイエスに言った、『こんなことをするからには、どんなしるしをわたしたちに見せてくれますか』。イエスは彼らに答えて言われた『この神殿をこわしたら、わたしは三日のうちに、それを起こすであろう』…イエスは自分のからだである神殿のことを言われたのである」(ヨハネによる福音書二ノ一八、一九、二一)。

イエスがおこなった神殿の潔めは、「なんの権威によってこれを行ったのか」という問いにたいして、イエスは、『この神殿をこわせ、わたしは三日で建て直す』といわれ、これがその証拠でありしるしであると仰せになりました。しかしこれは文字通りの意味ではなく、じつは十字架の死と復活を指しておられたのです。

ニコデモの来訪

このように、イエスは宣教開始と共に十字架の死と復活を予告されたのですが、このことにどなたもぜひ注目していただきたいと思います。
じじつ、イエスのこうした言葉や、その権威を裏づける証拠としての奇跡に刮目し、注視している人がいたのです。ユダヤの指導者ニコデモもその一人でした。彼はある晩密かにイエスの所に訪ねてきました。イエスについてもっとよく知り、また確かめておきたいと思ったためです。

ところが、彼のことを何もかもご存じのイエスは、初対面のニコデモにたいして、次のようにいわれました。
「よくよくあなたに言っておく。だれでも新しく生まれなければ、神の国を見ることはできない」。そのあと重ねて「だれでも、水と霊とから生まれなければ、神の国にはいることはできない」とも言われました。(ヨハネによる福音書三ノ三、五)。
ここで、イエスのいわれた水は、罪の赦しを意味し、霊は神の霊、すなわち聖霊による生まれ変わりを意味しています。人間はだれもそのままでは救われない、救われるためには生まれ変わりが不可欠だということなのです。ニコデモはイエスのこの言葉に、度肝を抜かれたようです。無理もありません。彼はユダヤの最高議会の議員であり、宗教指導者の一人でもありました。さらには深い学識をそなえた老人でもありました。この人に対してイエスは、社会的になんの肩書きもない田舎出身の一青年にすぎません。この青年の言葉に、ニコデモが慌てふためいたのも当然というべきでしょう。

しかもイエスはつづいてこのように言っておられます。
「イエスは彼に答えて言われた、『あなたはイスラエルの教師でありながら、これぐらいのことがわからないのか。…わたしが地上のことを語っているのに、あなたがたが信じないならば、天上のことを語った場合、どうしてそれを信じるだろうか。天からくだってきた者、すなわち人の子のほかには、だれも天に上った者はない。そして、ちょうどモーセが荒野でへびを上げたように、人の子もまた上げられなければならない。それは彼を信じる者が、すべて永遠の命を得るためである』」(ヨハネによる福音書三ノ一〇〜一五)。
このときから一五〇〇年も前のこと、イスラエルの民は、それまで奴隷にされていたエジプトから救い出され、神が備えてくださったカナンの地に導かれて行ったのですが、その途中、荒野の旅に疲れ果てた彼らは、神に向かってつぶやきを発したのです。
せっかく奴隷状態から解放され、エジプトから救い出されていながら、荒野の旅の不自由さや、少しばかりの不便のために神とモーセに不平を抱き、つぶやいたのす。そのため神は、不信と忘恩の罪に対する懲らしめとして、火の蛇を彼らにおくったのでした。その結果、多くの者がこの蛇に噛まれて死んだのです。

モーセが神に、助けを求めて祈ったところ、神から次のような指示があたえられました。それは、青銅で蛇をつくり、竿の先にとりつけて高く掲げ、それを仰ぎ見るようにというものでした。この指示を無視した者は蛇に噛まれて死んだのですが、指示にしたがって、竿の先の蛇を仰ぎ見た者はみな助かったのでした。
この竿の先に掲げられた蛇というのは、人類の罪のために身代わりとなり、呪われた者となって十字架にかけられ、殺されるキリストを指し示すものであったのです。この十字架のキリストを救い主と信じて、仰ぎ見る者は罪がゆるされて救われるようになるということを象徴的に示す予型であったのです。

この蛇を仰ぎ見るということは、神への不信とつぶやきを、罪とみとめて悔い改め、赦しを請い求めることを意味しました。悔い改めは生まれ変わることでもあります。
このように、イエスはニコデモに対して、生まれ変わりの必要を説いておられますが、これはなぜかといえば、救いは人間の考え出した方法によっては得られない。それは神のお立てになった救いの計画によるほかはない、ということが背景にあるからなのです。
そしてイエスは、神のこの計画を実効あるものとするためには、十字架による身代わりの死が必要であることを知っておられ、そのことをここで告げておられるわけなのです。
しかもヨハネは、このことを記すに当って、さらにこれを要約する形で次のように述べています。

「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである」(ヨハネによる福音書三ノ一六)。
この言葉は、 小福音書と呼ばれているように、聖書の教え全体のエッセンスともいうべきものであり、神の救いの計画はこれによって明確に示されているといってよいでしょう。
こうした教えは、群衆にとっていままで聞いたことのない画期的なものであり、イエスのうわさはたちまちユダヤ全土に広まっていきました。そのころ、イエスのみもとには大勢の群衆が押し寄せてきて、神の国の教えに熱心に耳を傾けるようになりました。

大いなる奇跡と死の予告

あるときのこと、イエスは大勢の群衆を前にして教えを説いておられましたが、やがて夕方になり、そこに集まっていた人びとの空腹を満たすために、イエスはわずか五つのパンで五千人の群衆を養うという前代未聞の奇跡を行われました。その結果、イエスに対する人々の期待が急速に高まり、にわかにメシヤ運動というものが起こされようとしていたのでした。
「人々はイエスのなさったこのしるしを見て、『ほんとうに、この人こそ世にきたるべき預言者である』と言った。イエスは人々がきて、自分をとらえて王にしようとしていると知って、ただひとり、また山に退かれた」(ヨハネによる福音書六ノ一四、一五)。
すなわち、イエスはこうした群衆の期待や、それを実現するための運動に身を任せることはなさらず、身を隠されたばかりか、逆にご自身の死について次のように予告しておられます。

「この時から、イエス・キリストは、自分が必ずエルサレムに行き、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえるべきことを、弟子たちに示しはじめられた」(マタイなよる福音書一六ノ二一)。
この予告は、その後たびたび繰り返されていますが、それに併せて次のような説明も加えられています。
「人の子がきたのも、仕えられるためではなく、仕えるためであり、また多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためである…」(マタイによる福音書二〇ノ二八)。
これによってイエスは、ご自分の死が単なる事故死や殉教の死ではなく、罪人の身代わりの死であること、すなわち罪の結果として死の運命にある人間を、死から救い、永遠の命を与えるためのあがないの死であることを、具体的にはっきりと告げておられるわけです。
しかも、イエスはご自分の死が、神の救いの計画を実現するための自発的な死であることを、繰り返し説明しておられます。
「父は、わたしが自分の命を捨てるから、わたしを愛して下さるのである。命を捨てるのは、それを再び得るためである。だれかが、わたしからそれを取り去るのではない。わたしが、自分からそれを捨てるのである。わたしには、それを捨てる力があり、またそれを受ける力もある。これはわたしの父から授かった定めである」(ヨハネによる福音書一〇ノ一七、一八)。
ここでイエスが言っておられるのは、ご自分の死が、だれかがわたしから命を取り去るのではなくわたしが自分から捨てるのだということでした。これは、その背景に神の救いの計画があり、それに基づいての宣言であったのです。
「すると、イエスは答えて言われた、『人の子が栄光を受ける時がきた。よくよくあなたがたに言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる…』」(ヨハネによる福音書一二ノ二三、二四)。
これはあまりにも有名な言葉であり、一般にも広く知られていますので、詳しい説明は必要ないことかと思いますが、「一粒の麦が地に落ちて死んだなら云々」はイエスご自身の死を意味しており、しかもその死は多くの人に救いをもたらすことになるという、いわば贖罪の死であることを示しておられるわけです。
「『今こそこの世の君は追い出されるであろう。そして、わたしがこの地から上げられる時には、すべての人をわたしのところに引きよせるであろう』。イエスはこう言って、自分がどんな死に方で死のうとしていたかを、お示しになったのである」(ヨハネの福音書一二ノ三一、三三)。

ここでは、イエスがサタンの運命についても言及しておられます。この世の王であるサタンは、やがて追い出されることになるという。サタンの支配はまもなく終わり、キリストによる支配がこれに取って代わるときがくるとの宣言です。

十字架の象徴である過ぎ越しの晩餐

イエスの働きは、いよいよおわりに近づき、彼にとって地上における最後の機会となる過越節がやってきました。これを祝うため、イエスは弟子たちと共に食卓を囲んでおられました。その席上でイエスは弟子たちに次のように言われたのです。
「一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福してこれをさき、弟子たちに与えて言われた、『取って食べよ、これはわたしの体である』。また杯を取り、感謝して彼らに与えて言われた、『みな、この杯から飲め。これは、罪のゆるしを得させるようにと、多くの人のために流すわたしの契約の血である』」(マタイによる福音書二六ノ二六、〜二八)。
この過越節というのは、すでに繰り返し説明していますのでご記憶と思いますが、これはイエスの十字架の死と、あがないのみ業を予表するひな型であったのです。
しかも、それが一五〇〇年も前に定められた儀式によって、啓示され、約束されていた、ということはまさに驚くべきことです。このように、神の救いの計画というものは、歴史と密接なかかわりを持つ形で啓示され、推し進められてきているという、これはとくに注目に値する事柄であって、これ一つをとっても、他の宗教には例を見ない超独特の教えであることがあきらかだと思います。
イエスは死にわたされる前の夜、地上における最後の機会となった過越節の晩餐において、まずパンをさき、これを弟子たちに与えて『わたしのからだの記念として、これを食べなさい』といわれました。つづいてぶどうの汁を盛った杯をおまわしになり、『これは、わたしがあなた方の救いのために流すわたしの血の記念として飲んでほしい』と仰せになったのです。
もちろん弟子たちは、これが十字架の死を指し示すものとは気づかず、悟ることができなかったようです。後になってそれがわかり、イエスの十字架にたいする理解と確信を不動のものとすることができたのでした。
しかしこのときは、イエスがまもなくユダヤの王となられるとの期待から、弟子たちは声高らかにさんびを歌いながら、オリブ山に上って行ったと聖書に記されています。

ゲッセマネの園におけるイエスの苦祷

こうしてイエスは、ゲッセマネと呼ばれる園の奥深く入っていかれ、夜を徹して祈っておられます。ここで、ぜひ注意していただきたいのは、イエスの祈りの意味についてです。
「『わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい』」(マタイによる福音書二六・三九)。
このイエスの祈りについてある人は、「イエスは宗教家らしくない。信仰者としても臆病で弱虫だ」というのです。それは、「世の宗教家の中にはこのような場合、あわてずさわがず泰然自若、従容として死んでいった人も少なくない。それなのに世の救い主と自称していた者が、こんな弱音を吐いているとはなんとしたことか。彼の日ごろの主張は虚言にすぎなかったことはあきらかだ」というのです。しかしこれはとんでもない的外れの非難です。

じつは、このときイエスが言われた「わたしは悲しみのあまり死ぬほどである」という言葉は、たんにご自身の死に対する恐怖や悲しみによるものではありませんでした。そうではなく、イエスはこのとき全人類の罪の身代わりとなって死のうとしておられたのです。しかも、十字架を前にして、いよいよその最後の選択と決断を迫られていたのです。

イエスはこれを避けようと思えば避けることもできた。しかしそうするなら人類は罪の結果、サタンと運命を共にし、永遠に滅びることになる。それはイエスの愛がゆるさない。そこで、イエスは父なる神のみ旨にしたがって、身代わりの死を負う決断をしておられるのです。それはルカが「その汗が血のしたたりのように地に落ちた」と述べていることに象徴的に示されているともいえましょう。

その意味で、十字架はゴルゴタの丘ではなく、このゲッセマネの園ですでに立てられていた、ともいえるのです。たとえていうなら、十字架によるあがないの契約はゲッセマネの園ですでに調印が終わっており、ゴルゴタの丘の十字架は、その批准にすぎなかったともいえるわけなのです。

イエスの捕縛と宗教裁判

その夜明けがた、裏切り者のユダに先導されてやってきた祭司長の僕らによって、イエスは取り押さえられようとしたそのときです。弟子ペテロが刃物を手にとり、祭司長の僕に襲いかかり、やにわに切りつけようとしました。これに対してイエスは、次のように言われたというのです。
「あなたの剣をもとの所におさめなさい。剣をとる者はみな、剣で滅びる。それとも、わたしが父に願って、天の使たちを十二軍団以上も、今つかわしていただくことができないと、あなたは思うのか。しかし、こうならねばならないと書いてある聖書の言葉は、どうして成就されようか」(マタイによる福音書二六ノ五二〜五四)。
ここでイエスのいわれた言葉に注目したいと思います。

「わたしは自分の身を守ろうと思えば、いま十二軍団以上もの天使をつかわしてもらうこともできる」という。ローマ軍の編成は、一軍が六〇〇〇人からなっていたようですので、十二軍団は七万二〇〇〇人ということになります。このときイエスと弟子は一二人でしたので、おそらくこれは一人に一軍ずつの天使ということかと思います。
しかし、敵を追い払うには、一軍団どころか一人の天使でも十分のはずです。ここでイエスがいわれているのは、「わたしが助かることは簡単だが、もしそうするなら聖書に預言されている人類の救いは、いったいどうなるのか」ということなのです。
これによってみても、イエスは無力なるがゆえに捕まって殺されたというものではなく、人類の救いのために自ら進んでご自身を敵の手にわたされたことを、これははっきりと示しています。
こうして、捕らえられたイエスは裁判にかけられ、その結果死刑を宣告されたのですが、これはイエスが自分を神だと主張した、ということがその理由でした。もちろんこれは、祭司らの誘導による尋問や証言によって、そのように断罪されたのでした。とはいえ、これは宗教的な裁判であり、宗教上の犯罪というにすぎないのです。

そのうえ、ユダヤは当時ローマの属国となっており、死刑はローマ政府の認可が必要とされていました。そこで、祭司らはイエスをローマの総督ピラトに訴え、この判決にたいする裁可を求めたのです。ところが、ピラトはイエスを取り調べた結果、ことは宗教に関するものであり、政治的、法的には何の罪も認めることができませんでした。そこで彼は、ただちにイエスを釈放しようとしたのですが、そこに集まった民衆が承知しなかったのです。
ピラトがいちばん恐れたのは、民衆の暴動です。そのため彼は一計を案じました。当時ローマ政府はユダヤ人の懐柔策として、過ぎ越しの祭りには、犯罪人の一人を恩赦することを習わしとしていました。それに目を付けたピラトは、バラバという大悪党を牢屋から引き出し、民衆の前にイエスとならべて立たせ、どちらを釈放すべきか、その答えを求めたのでした。これに対する民衆の答えは、案に相違して「バラバをゆるせ、イエスを十字架につけよ」というものでした。
そのためピラトは、「この件については、わたしは責任を負わない。お前たちが責任をとるというのなら勝手にしろ」と叫んで、イエスを彼らの手に引き渡してしまったのです。勝ち誇った彼らはイエスに十字架を負わせ、ゴルゴタの丘に引き立てて行きました。
ここで見逃してならないことがあります。それは群衆の前に並べて立たされた二人です。一人は神から遣わされた罪のない神の子イエス、他の一人は大悪党、これは神に背いているこの世の罪人を代表する人物です。ほんらいなら、バラバが処刑されて、イエスが釈放されるべきでした。しかし、じじつは逆のことが起こっています。これは何を意味しているでしょうか。罪なきイエスが罪深きバラバの身代わりにされようとしていたのです。つまり、イエスがバラバによって代表される人類の身代わりとなって、罪に対する刑罰をその身に負われることを、象徴的に示しています。何という不思議な光景でありましょうか。

十字架に釘けられたイエス

さて、ゴルゴタの丘に連れてこられたイエスは、自分で担がせられてきた柱の上に、両手両足を釘付けられたのです。このときおなじように処刑される二人の盗賊を両脇に従えるようにして、三本の十字架がその丘の上に立てられました。このときの光景について、ルカは次のように記しています。
「十字架にかけられた犯罪人のひとりが、『あなたはキリストではないか。それなら、自分を救いまたわれわれも救ってみよ』と、イエスに悪口を言いつづけた。もうひとりは、それをたしなめて言った。『おまえは同じ刑を受けていながら、神を恐れないのか。お互いは自分のやった事のむくいを受けているのだから、こうなったのは当然だ。しかし、このかたは何も悪いことをしたのではない』そして言った、『イエスよ、あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、わたしを思い出してください』。イエスは言われた、『よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう』。」(ルカによる福音書二三ノ三九〜四三)。
ここにも象徴的な光景が見られます。一方は神を罵り、イエスの救いを拒んで滅びの道を選ぶ罪人、他方は神を恐れ、イエスを救い主と信じて罪を赦され、救いを約束された罪人です。これは、やがて全世界の人がイエスの前に集められ、右と左に分けられて、永遠の運命が決定されるときがきますが、二人の盗賊は、そのシンボルとしての意味をもっているのです。なんという厳粛かつ恐るべき光景でしょうか。
ところで、そのとき地上の全面が急に暗黒に包まれました。これは罪に対する神の裁きが下ったことの象徴でした。暗黒はながいあいだつづきましたが、突如イエスは大声で叫んで言われました。『エリ、エリ、レマ、サバクタニ』これは「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味であるとの説明が与えられています。

十字架上のイエスのこの叫びについても、人々のあいだにさまざまな誤解があるようです。ある人は、ゲッセマネにおけるイエスの祈りと同じように、これをイエスの弱さ、また彼が意気地なしの人間であることの露呈にほかならないというのです。
しかしこれは、ゲッセマネの祈りについて説明しましたように、イエスはこのとき、やがてわれわれ罪人が受けるはずの刑罰を、われわれに代わって受けておられたのです。
ほんらいこれは、われわれが味わうべき恐怖と絶望と悲嘆の叫びであったのです。それをイエスがご自分の身に引き受けて、神から捨てられ断絶され、底無しの暗闇の穴の中に突き落とされる、そういった罪人に対する取り扱いを、イエスはその身に負っておられたわけなのです。

やがてイエスは、最後に「『すべてが終った』といわれて、首をたれて息をひきとられた」(ヨハネによる福音書一九ノ三〇)とありますが、これも「万事窮す」といったような意味ではなく、あがないのみわざは「すべてが完了した」という宣言にほかならなかったのです。
聖書によると、このときエルサレムの街の中に異変が起きています。それは神殿の中の垂れ幕が上から下へと真っ二つに裂けたというのです。これはイエスの死により、実体としての犠牲が神にささげられたので、その模型にすぎない地上の聖所の役割は終り、そこでの奉仕の必要はなくなったことを示すものであったのです。

それに呼応するように、墓が開け、多くの聖徒の死体が生き返り、聖なる都に入ってきて、多くの人に現れたと聖書は記しています。また、これを見たローマ軍の隊長は、非常に恐れ、「まことに、この人は神の子であった」と叫んだというのです。

イエスの受難と旧約の預言

ところで、このキリストの十字架の死は、イエスみずからが弟子たちに、繰り返し予告しておられたばかりでなく、旧約の預言者たちによってもしばしば預言されていたことでした。その一つに詩篇があります。キリストの先祖であり、王なるキリストの予型とされるダビデが、このときから千年もまえに、つぎのように歌っています。

しかし、わたしは虫であって、人ではない。
人にそしられ、民に侮られる。
すべてわたしを見る者は、わたしをあざ笑い、
くちびるを突き出し、かしらを振り動かして言う、
『彼は主に身をゆだねた、主に彼を助けさせよ。
主は彼を喜ばれるゆえ、主に彼を救わせよ』と。
わたしの骨はことごとくはずれ、
わたしの心臓は、ろうのように、胸のうちで溶けた。…
わたしの舌はあごにつく。
あなたはわたしを死のちりに伏させられる。
まことに、犬はわたしをめぐり、
悪を行う者の群れがわたしを囲んで、
わたしの手と足を刺し貫いた。…
彼らは互にわたしの衣服を分け、
わたしの着物をくじ引きにする。(詩篇二二ノ六〜八、一四〜一八)。

引用句の冒頭の言葉「虫であって人ではない」という。これは何を意味しているのでしょうか。十字架刑によって葬り去られたキリスト以上に、これに当てはまるものがほかにあるでしょうか。
この中の最後の言葉「衣服をくじ引きで分ける」というのは、キリストが十字架に架けられたときにみられた光景として四福音書全部に記されています。
ことにヨハネによる福音書には、これは「聖書が成就するためで、兵卒たちはそのようにしたのである」(一九ノ二四)。と説明されています。このことは、詩篇の言葉がキリストの十字架の預言であることを示す動かしがたい証拠といえます。
それにしても、全宇宙の創造者なる神の子キリストが、人間となってこの世に降り、罪人の中でも最大の恥辱とされる十字架の刑によって死なれたという、この事実をどのように考えたらよいのでしょうか。これはわれわれの頭で考えて理解し、説明できるような事柄ではありません。

もしその意味を知りたいと思ったら、これは神の啓示の言葉である聖書にそれを探し求めるほかはないのです。
キリストの時代から七〇〇年以上もまえに、預言者イザヤはつぎのように預言していました。

彼にはわれわれの見るべき姿がなく、威厳もなく、
われわれの慕うべき美しさもない。
彼は侮られて人に捨てられ、
悲しみの人で、病を知っていた。
また顔をおおって忌みきらわれる者のように、
彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。
まことに彼はわれわれの病を負い、
われわれの悲しみをになった。
しかるに、われわれは思った、
彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。
しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、
われわれの不義のために砕かれたのだ。
彼はみずから懲らしめをうけて、
われわれに平安を与え、
その打たれた傷によって、
われわれはいやされたのだ。
われわれはみな羊のように迷って、
おのおの自分の道に向かって行った。
主はわれわれすべての者の不義を、
彼の上におかれた。
彼はしえたげられ、苦しめられたけれども、
口を開かなかった。
ほふり場にひかれて行く小羊のように、
また毛を切る者の前に黙っている羊のように、
口を開かなかった。
彼は暴虐なさばきによって取り去られた。
その代の人のうち、だれが思ったであろうか、
彼はわが民のとがのために打たれて、
生けるものの地から断たれたのだと。(イザヤ書五三ノ二〜八)。

救いへの招き

これをお読みになって、みなさんは何をお感じになり、どのように思われたでしょうか。これがキリストについての預言であることは、どなたもすぐお気付きのことと思います。問題はなぜキリストは、ここに預言されているような死に方をされたのだろうか。またそうならなければならなかったのだろうかということです。
注意すべきは、キリストのあのむごたらしい死は、ご自分の罪や過ち、また失策のためではなかったということです。それはだれかほかの者の身代わりとしてのそれであったということなのです。
では、それはだれのためであったのでしょうか。預言は「われわれは…」「われわれの…」「われわれに…」とあります。
これはほかならぬこのわたしどものため、ということです。とくに聖書の「われわれ…」とあるところに、各自、自分の名前を置き換えて読むことによって、どなたも、イエスはまさにこのわたしのために、犠牲の死を遂げられたということが実感できるに違いありません。
神はこのようにして、御子を身代わりに立てて、われわれの罪を除き、われわれを再び神の子として迎えてくださるのです。

ヤコブよ、イスラエルよ、これらの事を心にとめよ。
あなたはわがしもべだから。
わたしはあなたを造った、
あなたはわがしもべだ。
イスラエルよ、わたしはあなたを忘れない。
わたしはあなたのとがを雲のように吹き払い、
あなたの罪を霧のように消した。
わたしに立ち返れ、
わたしはあなたをあがなったから。(イザヤ書四四ノ二一、二二)。

要点の確認

  1. イエスはバブテスマを受けられてのち、聖霊によって曠野に導かれ、四〇日のあいだ断食をされたが、そのあいだサタンの試みに遭われた。これはイエスご自身、アダムが負けた誘惑に勝利し、アダムが失ったものを回復する必要があったためである。
  2. イエスが宣教をはじめるとまもなく、イエスの教えを聞き、奇跡を見た群集は、ローマの属国となっていたユダヤをローマから解放してくれるお方としてイエスに期待したのである。しかし、イエスはたしかに王にはちがいないが、それはたんに政治的な王ではなく、人類を罪とサタンから解放して神の国を建設なさる、そうした意味での王であられたのである。
  3. イエスにたいして、一般のユダヤ人とおなじ期待をいだいていた老学者ニコデモは、それを確認する目的で、ある晩ひそかにイエスのもとに訪ねてきた。イエスはこのニコデモに対して、イエスが建設なさる神の国の住民となるためには、新たに生まれ変わる必要があることを力説された。
  4. イエスは、五つのパンをさいて五千人の群集を養うという驚くべき奇跡を行われたが、これをみた群集は、イエスをユダヤの王にしようとして、メシヤ運動を起こそうとした。しかし、イエスはこれに応えようとはなさらないばかりか、御自分の死について弟子たちに予告された。とくに、ユダヤの国家的祭典である過越節は、キリストの十字架の意味を象徴する予型であったが、イエスはその晩餐の席で、でしたちにバンとブドウ汁を分け与え、それによって十字架の死を告げ示された。
  5. イエスが十字架にかけられたとき、その両側に二人の泥棒が同じように十字架に架けられた。一人はイエスを嘲り罵ったが、他の一人はイエスに救いを祈り求めた。これはキリストを信じて救われる人と、キリストを拒み退けて滅び行く人を象徴的に代表している。イエスの十字架は、神の救いの計画の中に予定されている事であり、旧約の預言者たちによって預言されていたことである。これによって、キリストの十字架の死は、敗北ではなく、反対にそれは神の勝利であったことがはっきりと示されているわけである。
  6. イエスは十字架上で、息絶えたもう直前「すべては終わった」と叫ばれた。これはイエスにかんする預言がすべて成就したことを示すと共に、イエス御自身の使命であるあがないのみわざが完了したことを意味している。イエスが死なれたとき、異変が起こり、とくに聖所の幕が上から下まで二つに裂けたとある。これはそれを象徴的に示している。すなわち神と人とを隔てている罪は除かれ、いまこそ救いの道が開かれたのである。