クリスマス由来:異教から来た!

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ノアにセム、ハム、ヤペテの3 人の子がいた。ハムの子はクシ。クシの子にニムロデがいた。その名前は聖書に出てくる。ノアの大洪水の約350 年後にバベルの塔を建設した。ニムロデの意味は、「反逆者」という意味である。世界統一政府の建設を試みた最初の人です。彼はパベル(バビロン)、カラ、エレク、アッカド、カルネ アツシリア、ニネベ、レホボデ、レセンの町々を建てた。

 

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創世記10:8 -9には「クシの子はニムロデであって、このニムロデは世の権力者となった最初の人である。彼は主の前に力ある狩猟者であった。これから『主の前に力ある狩猟者ニムロデのごとし』ということわざが起った。」と書いてある。

 

ある著名な聖書解説者はこう言っている:

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「彼らは、ここに都市を建設し、世界の驚異となるような巨大な高塔を建てることにした。この企ては、人々が広く離散して住むことを防ぐために考案された。神は、人間が、広く地球上にわかれて住み、地に満ち、地を従わせるよ うに指示されていた。しかし、バベルの建設者たちは、彼らの社会を一つの組織にし、やがて、全世界を含むに至る帝国を築こうとした。こうし て、彼らの都市は、世界帝国の首都となるのであった。その栄光は、世界の人々の賞賛と尊敬をかちえて、建設者の名を有名にするのであった。空高くそびえる壮麗な塔は、建設者の能力と知恵の記念碑として建てられ、彼らの名声を永久に後世の人々に伝えるためであった。」あけぼの上114

 


彼らの世界統一政府について聖書に書いてある:

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「民は一つで、みな同じ言葉である。彼らはすでにこの事をしはじめた。彼らがしようとする事は、もはや何事もとどめ得ないであろう。11:7 さあ、われわれは下って行って、そこで彼らの言葉を乱し、互に言葉が通じないようにしよう」。11:8 こうして主が彼らをそこから全地のおもてに散らされたので、彼らは町を建てるのをやめた」創世記11:6-7。

歴史家によると、約 72 の言葉に分かれたと言われている。それから、世界中に散るにしたがってたくさんの言葉に分かれていった。そして今日、6,000-7,000 の異なった言葉があると言う。

 

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これは伝説であるが、クシは死ぬ時、ニムロデとその母セミラミスを結婚させた。来るべきメシヤの予言を知っていたクシは、セミラミスによって子をもうけた。このクシによる子、ニムロデこそ彼らのメシヤであった。
自分の子供であり、夫であるニムロデが殺されて後、セミラミスは、人々は夫ニムロデが太陽神であることを信じなかったので、女王としての支配権を失うことを恐れた。何年も経ってから、ある祭司との間にこどもを作る。生まれた子供は、バビロンの神―ニムロデの生まれ変わり、奇跡のタムーズが生まれたと人々に信じさせた。タムーズが生まれたのが12月 25 日であった。セミラミスは『天国の母』として崇められるようになった。 異教の太陽神の誕生日をカトリック教会が取り入れたのである。それは世界各地に広がり、人々は天の女神が救い主であるわが子を抱いている像を拝むようになった。そうした偶像は世界各地で発掘されている。今も、この伝説-母子観音像を礼拝している。イースターも、ハローウィンもそうである。聖書にはキリスト誕生の実際の誕生日ついていっさい書いていない。異教の太陽神の誕生日をカトリック教会が取り入れた。それは世界各地に広がり、人々は天の女神が救い主であるわが子を抱いている像を拝むようになった。そうした偶像は世界各地で発掘されているそうだ。今も人々は、この母子観音像を礼拝している。

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現代バベルの塔の建設者たち

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ヨハネ・パウロ 2世 マリヤ崇拝の第一人者 偶像礼拝以外の何物でもない。

「バビロン」は「バベル」から来た。「混乱」という意味である。黙示録のバビロンは、この地上の新世界秩序構築を狙う巨大組織である。黙示録 17:5、13;18章

 

キリストはいつ誕生されたか?(参考文献:レムナント紙1999年1月号)

キリストが誕生されたのは、仮庵の祭(かりいおのまつり;9~10月頃)だった。それは、聖書の記述からはっきりと分かる。
ルカ福音書では、イエスの誕生の半年前にバプテスマのヨハネが誕生したことが記されている。ヨハネの父ザカリヤは、アビヤの組の祭司だった(1・5)。
アビヤの組の祭司は、第8組に属し、イスラエル神殿での奉仕は、ユダヤ暦第4の月の後半に定められていた(第1歴代誌24・7ー19に、神殿で奉仕する祭司の当番表が記されている。)
祭司ザカリヤの妻エリサベツがヨハネを懐胎したのは、「務めの期間が終わったのち」(1・23)であった。つまり、ユダヤ暦第5の月のはじめであった。
それから5カ月後、彼女が妊娠6カ月目に入ったときに、イエスの母マリヤがみごもった(1・24-26)。
つまり、ユダヤ暦第10の月(グレゴリウス暦12-1月)であった。
そして、「月が満ちて」イエスが誕生された(2・6)。これは、エリサベツと同様約9カ月であった(1・56-57、2・6)。つまり、イエスが誕生されたのは、ユダヤ暦第7の月(グレゴリウス暦9-10月)であることがわかる。
さて、この第7の月には、仮庵の祭りが行われていた。 イエスの誕生の時期を仮庵の祭りの頃とすると、聖書の他の記述と調和する。

  1. 野営していた羊飼いたちの前にイエスの誕生を知らせる御使いが現れるが、太陽暦の12月25日頃には野営は行われない。ユダヤの口伝律法ミシュナーによれば、牧童たちが野営できる季節は、初めの雨(秋の雨; 申命記1・14、ヨエル2・23)までの期間であり、11月以降は、寒さのために野営しないと記されている。
  2. 仮庵の祭りの時期、人々は祭りを祝うために全国からエルサレムに上京した。エルサレム近郊の町ベツレヘムには、多くの上京者が宿をとっていたため、マリヤは馬小屋で出産せざるを得なかった。
  3. 「仮庵(σκηνη)」の動詞形「仮に宿る(σκηνω)」は、ヨハネ福音書においてイエスの受肉を表す言葉として使用されている。 「また、ロゴス(言)は肉体となり、わたしたちの間に仮に宿られた(εσκηνωσεν)。」(1・14)
  4. 「仮庵(σκηνη)」のヘブル対応語 mishkan は、旧約聖書の「幕屋」を意味する。幕屋は、イスラエルが出エジプトの際に神礼拝を行った場所であり、パレスチナ定住後、ソロモンの時代に神殿となった。 新約聖書において、イエスの肉体こそが真の幕屋、神殿であるとされている(マタイ26・61、マルコ14・58)。 キリストの誕生日が12月25日とされたのは、紀元4世紀ローマ皇帝コンスタンチヌス帝がニケア宗教会議においてであり、当時祝われていたローマ太陽神の冬至祭、タンムズ神の祭日である土星祭をすたれさせ、キリスト教の祭りを栄えさせる意図があったものと思われる。

したがって、1月1日がキリストの割礼日とすることも誤りであると言えるのである。